風評に流される市民が、政府の隠蔽体質をささえている

福島第一原子力発電所の事故について、マスコミも一般市民も、東京電力や政府が情報を隠している、情報の公開が遅いなど、ことあるごとに非難する。
しかし、明らかに市民の方にも問題がある。
まったく健康に問題のない量の放射性物質が、福島県産の牛乳と茨城県産のホウレンソウから検出され、食品衛生法の規制値を超えたために、政府がそれを発表した。
その結果、市民がいったいどういう行動をとったか。
まずスーパーなどの流通業に従事する市民は、顧客からのクレームを恐れて、店頭から撤去し、販売を自粛し、注文をキャンセルする。
顧客である市民は市民で、「なんとなく不安だから」という理由で買い控えをする。
日本の市民は、この程度の情報分析能力しか持っておらず、いくら安全性を強調しても風評の方を信じてしまう。
たとえマスコミが政府発表の援護にまわったとしても、「なんとなく不安」というだけの理由で、旅館やホテルで働く市民は福島県からの宿泊客を断り、タクシー会社で働く市民は福島へ向かう客を乗車拒否する。
こうした風評に流され、何の根拠もない不安にもとづいてしか行動しないような大多数の市民を前にしたとき、政府が真実を公表するのをためらうのも、やむをえないだろう。
政府や東京電力の隠蔽体質を非難する前に、市民は物事の判断をすべて「お上」や「政府」にまかせきりで、自分で情報を判断して行動してこなかったことを認めて、じっさいに冷静な行動を示すべきだ。
電力会社や政府が、仮に本当に情報隠蔽体質になっているとすれば、それは市民の側に情報を冷静にうけとめる能力がないことも、大きな原因の一つである。
情報伝達というものは、そもそも、送り手と受け手の両方が当事者として存在し、初めて成り立つ。
情報伝達がうまくいっていないとすれば、原因は送り手と受け手の両方にある。