「京都大学、お前は死んだ!」の茂木健一郎は完全に正しい

京大の入試問題をヤフー知恵袋に投稿した予備校生くんが、警察に逮捕された件で、茂木健一郎のツイッターが過激すぎると非難をよんでいるらしい。
『「京都大学、お前は死んだ!」 茂木健一郎ツイッターの過激』(J-CASTニュース 2011/03/04 20:29)
この件については、茂木健一郎の表現は激しすぎるにしても、意見には完全に賛成できる。
かなり昔の『三年B組金八先生』で、校内暴力が起こったとき、桜中学の教師たちが警察を動員するかどうかは、長時間の議論を必要とする難題だった。
場所は中学校で、しかも校内暴力という、一つ間違えば教師や生徒にけが人が出るかもしれない状況であっても、学校が問題解決のために安易に公権力に頼っていいのか。
こういうことを真剣に考える能力のある大人たち、正確には脚本家の小山内美江子氏のような大人たちがいた時代があった。今から30年くらい前のことだ。
さて、今回は中学校ではなく、大学である。大学の運営体制が、中学校の運営体制より脆弱で、公権力に依存しなければ問題の一つも解決できないのでは、お話にならない。
しかも、カンニングとは、校内暴力のように刑法(傷害罪など)に違反するリスクのある行為ではなく、入学試験という、大学が自らルールを決めて実施している行事にすぎない。
企業の採用試験も同じだ。大学入試も企業の採用試験も、主催者が独自に問題を作成し、合格基準を決定しておこなう行事であって、国の法律とは直接関係ない。
たとえば企業の採用試験で、受験者がネットに問題を流出させてカンニングをしたとして、その企業が警察に通報したら、その会社の人事部は世間の笑いものになるだけだろう。たかがそんなことで警察を動員するなよ、と。
大学入試も同じことだ。大学自らが作成した問題、大学自らが決めた合格基準のもとで、志望者を審査する行事である。
もちろん、受験者やその家族などの関係者の人生にあたえる影響の大きさは、大学入試も企業の採用試験も変わらない。
しかし、他の受験者の人生にあたえる影響が大きいからといって、あくまで組織として運用している行事に問題が起こったとき、その問題が国の法律にさえ抵触していないのに、なぜ警察に通報する必要があるのか。
僕は茂木健一郎氏と同じく、今回の京都大学の判断は全く理解できない。
いつから京都大学は、「となりの家がうるさい!」程度のことをいちいち警察に通報しないと解決できないような、最低限の自己解決能力さえない人間と同レベルの、公権力依存体質の組織に堕落してしまったのか。
今回の京大による警察への通報の問題点は、これだけではない。
例の予備校生くんは、京都大学の学生でさえないのだ。
どこかの大学の学生が、刑法にふれないまでも、世間に迷惑をかけるようなことをしたのなら、大学側が警察のような第三者に助けを借りるのは、まだ分からなくはない。それにしても、暴力行為など法律にふれない限り、警察に頼らないのは当然だ。
たとえば、ある大学が「構内禁煙」というルールを作ったとする。ところが、一人の喫煙してよい年齢の学生が構内で堂々とタバコを吸っている。何度教官や大学職員が注意しても喫煙をやめないとしよう。
こういう状況で大学が警察に連絡して、「構内禁煙のルールを守らない学生がいるので何とかしてくれ」と頼んだら、誰でもその大学のやり方はおかしいと思うだろう。
入学試験も原理的には同じことだ。上にも書いたように、入学試験の問題も、合格基準も、受験会場や試験日の選定も、監督官の配置も、すべて各大学が独自に決めたルールにしたがって行われる。
そのルールに従わずカンニングをした受験生がいたからといって、なぜ警察に通報する必要があるのか。
単に、大学としてカンニングとみなすかどうかの判断基準を明示して、その基準に合致するようなら、不合格にする、それですべて終わりだ。
なぜ例の予備校生くんは、大学に不合格になるだけでなく、これから先の人生まで「不合格」の烙印を押されなければならないのか。
逆に言えば、一体なぜ京都大学に、単なる一人の受験生、京都大学の学生でさえない一人の若者の未来をつぶす権利があるのか。単に不合格にすればいいだけのことではないのか。
たしかに入学試験も採用試験も人の一生を左右する重大なことだが、あくまで主催者が独自のルールで行っている行事にすぎない。
野球やサッカーのようなスポーツもそうだ。スポーツのルールに違反すれば、レッドカードで退場させたり、最悪、そのスポーツの世界から永久追放処分にすれば終わり。何もその人間がスポーツから離れた残りの人生までつぶす必要はない。
しかし、京都大学が公権力に頼ったために、例の予備校生くんは、受験というゲームで処罰されるだけでなく、一人の日本国民としても処罰されるおそれがあるのだ。(まだ逮捕されただけで、不起訴になる可能性はあるが)
明らかに、京都大学がどうかしている。
そういえば、相撲の八百長もそうだ。八百長は相撲のルールには違反しているが、日本国の刑法に違反しているわけではない。(一方、賭博は刑法に違反している)
したがって、相撲界を「浄化」するために八百長を徹底的に追求するのはよいが、法律に違反しない八百長の追求に、警察が介入するのは明らかにおかしい。
ところが、日本国民のほとんどが、八百長の発覚が、警察が野球賭博の捜査で入手した証拠をリークした結果であることに、何の疑問も感じていない。この荒唐無稽さを理解できない国民が増えているようだ。
もしそうだとすれば、近代国家というもの、公権力というもの、法治国家を成り立たせている原理を全く理解していない国民が増えていることになる。
まったく恐ろしい世の中になったものだ。
荒唐無稽なことをしでかした京都大学のせいで、未来を奪われ、人生をつぶされた例の予備校生くんには、心の底から同情申し上げる。
本当なら、京都大学から永久追放されるだけですんだのに、彼は人生そのものから永久に追放されかかっているのだから。