『全国こども電話相談室・リアル』を初めて聞いた

今朝いつもより起床時間が遅かったので、偶然TBSラジオの『全国こども電話相談室』を聞いたのだが、愕然とした。
『全国こども電話相談室』と言えば、「お姉さん」が司会で、各界の著名人が「先生」として登場し、子供たちからの微笑ましい疑問に苦笑しながら答えるといった、日曜日の朝にふさわしい、ほのぼのした番組、という印象しかなかった。
周知のことかもしれないが、いまは『全国こども電話相談室・リアル』という題名になり、子供たちからのいじめや家庭の事情など、極めて深刻な悩みの相談にのる内容に変わっていたのだ。
いやぁ、正直いって、かなりショックだった。
こういう番組はドリアン助川が司会者をやっていた『正義のラジオ!ジャンベルジャン』のように深夜時間帯にやるものだという先入観があった。
『全国こども電話相談室・リアル』は自殺念慮をもつ子どもからの匿名メールにも対応し、「アフター」という名前で、一度相談にのった子どものその後の経過までフォローする。
『正義のラジオ!ジャンベルジャン』に比べれば、子どもへの対応がパッケージ化されているが、相談内容の深刻さは変わらない。
こういう番組が日曜日の朝に放送できるほど、子どもの抱えるストレスや自殺念慮が、いわば「市民権」を得てしまっていることがショックだった。
学校でいじめを受けたり、日常生活で「ストレス」を受けて、死にたいと思う子どもが存在することが、いたって普通の社会になったということだ。
そして番組の中で、相談をよせた子どもにくり返し言われるのが、「できることを、できる範囲で、でもあきらめない」というフレーズ。まるで、うつ病患者に対するカウンセリングだ。
単純に「がんばれ」とは決して言わない。逆に、問題解決のために何かやらなきゃいけないと、子どもたちが自分を追い詰めないように、細心の注意をはらいながら番組は進行する。
「がんばれ」と言われると、自動的に追い詰められてしまうような社会を生きなきゃいけない今の子どもたちは、端的に不幸だ。
同時に、学校の先生にも親にも打ち明けられず、ラジオ番組に匿名でメールを送ることでしか救われない子どもたちの閉塞感も、何て不幸なことだろう。
この『全国こども電話相談室・リアル』を聞きながら、ふと思い出したのが東京都の青少年保護育成条例だ。
あの条例は、子どもの健全な育成と、子どもがポルノで性的搾取をうけないようにすることが目的だったはずだ。
しかし、『全国こども電話相談室・リアル』のような番組を聞いて、本当に子どもを健全に育てたいなら、先にやるべきことがあるだろ!と思った。
ポルノで性的搾取をうける子どもがいるとすれば、子どもをそうしたものに出演させることを許すような環境に、先ず問題をさがすべきだ。
そういう環境を作り出しているのは、義務教育の硬直的なしくみや、育児中の親を孤立させる状況などかもしれない。
子どもがポルノを見て「不健全」に育つ心配をするより、子どもが学校でいじめられたり、親から不適切な育児をされたりして「不健全」に育つ心配をする方が、明らかに子どもの「健全」な育成に有効なはずではないか。
都知事のように、自分の価値観は絶対に正しいと勘違いしている独善的な大人が、公的な組織の重要な地位を占めているからこそ、子どもにとって非常に生きづらい社会ができているのではないのか。
『全国こども電話相談室・リアル』という番組を製作している方々には、頭がさがる思いだ。この番組を通じて一人でも多くの子どもが、自暴自棄になったり自殺したりすることを思いとどまってくれれば良い。
ただ、石原慎太郎のように、子どものためと言いながら、公的権力を私物化して、個人的な価値観を市民に押しつけるような大人が子どもを「支配」する限り、救われない子どもたちは増えつづけるだろう。