綿々と語り続けられる「組織改革」や「業務改革」の無意味さ

毎日、日経ビジネスオンラインの企業組織改革をテーマにしたコラムを読んでいて、つくづく考えることがある。
新・リーダー術だとか、行きたくなる会社づくりだとか、あるべきマネージャー像だとか、この手の「組織改革モノ」は僕が知る限りでは10年以上前から、ビジネス書やビジネス雑誌のテーマの一つとして、綿々と続いている。
もしかすると、僕が会社員になる前から、この手のコラムはずっと続いていたのかもしれない。
ただ、企業の組織改革についての書物が綿々と書き続けられているのは、結局、企業組織は何も変わらないし、変えられないからではないのか。
少し前、イチローがテレビCMの「変わらなきゃを変わらなきゃ」としゃべっていたころは、それがいかにも目新しい発想であるかのように、会社員の間で語られていたものだ。
時には日本企業は欧米企業のように、明確な指揮命令系統と役割分担のある組織に変わらなければならないと言い、時には、暗黙知が形式知化してまた暗黙知になるサイクルや、うろこ状に重なりあう役割分担こそが日本企業の強みだと言う。
いや、日本企業の組織変革について綿々と書き続けられているのは、環境の変化に合わせて、そのつど新しい変革の手法が必要だからだ、と反論する方がいらっしゃるかもしれない。
しかし、企業組織の類型など、最初から数パターンしかないことは分かっているし、組織をマネジメントしている人間の知的能力の限界のせいで、あまり複雑な組織改革など最初からできないことも分かっている。
僕の家の近所にある中学校のように、「元気、根気、勇気」といった精神論だけで十分組織として成り立つ程度の知的レベルの企業もあっていいだろうし、今こそピーター・ドラッカーに学ぼうという企業もあっていいだろう。
どちらにしても、10年単位で俯瞰すると、かわり映えのしない、どこかで聞いたような言説のくり返しに過ぎない。
僕も会社員になった当初は、柴田昌治氏の書いた『なぜ会社は変われないのか』のような書物に、多少なりとも心を動かされたものだ。
しかし、今となってみてはあの書物も、さまざまな企業組織変革書の一つの「変奏」に過ぎない。そしてその変奏は10年経った今だに、飽きもせずくり返されている。
組織改革、組織改革と言いつつ、いつまでたっても変われないからこそ、組織改革コンサルタントは食いっぱぐれがないわけだ。
ちょうど、コンピュータウィルスがいつまでたってもなくならないからこそ、ウィルス対策ソフト会社が儲かり続けるのと同じこと。
逆に、組織を本当に改革できるような処方箋を考えてしまったら、組織改革のコンサルタントは商売あがったりになる。
なので、意地悪な言い方をすれば、何らかのかたちで組織改革のコンサルティングでご飯を食べている方々は、組織改革が成功しない程度にいい加減な組織改革の手法を小出しにすることで、自分たちの飯の種を確保していると言える。
同じことは業務改革にも言える。
各企業が基幹システムを新たに構築するたびに、BPRだの業務プロセスの見直しだのということが言われるのは、結局いつまでたっても、各部署の利益がぶつかって、業務の根本的な見直しができないことの、何よりの証拠だ。
それでも飽きもせず、業務改革だ、業務改革だということが綿々と書き続けられ、流行語もそのつど、BPRだ、ASPだ、SaaSだ、クラウドだと入れ替わる。
企業の経営者や会社員の皆さんは、昔から同じようなことを延々とくり返すだけで、よく飽きないなぁと、個人的にはひたすら感心する。
なぜ組織改革や業務改革をくり返し喧伝しても、いつまでたっても変わらないのか。その理由は明白だ。
企業組織は日本社会という大きなシステムの一部分に過ぎない。したがって、日本社会がよほど劇的に変質しないかぎり、企業組織、および、その組織の内部で行われる業務形態が、劇的に変質するはずがない。
仮に、とある企業組織が、日本社会という全体システムを無視して、ひとりよがりで劇的に変質してしまえば、その企業は日本社会に適応できず、組織として成立できなくなる。それだけのことだ。
残業ゼロの企業が日本で画期的と見なされるのは、日本の大部分の企業でサービス残業が恒常的になっているからだけのことで、日本社会の性質に、いわば「寄生」しているに過ぎない。
例えばフランスで「残業ゼロにしました!」と発表しても、「はぁ?」と言われるだけだろうから。
社内公用語を英語にした企業が注目されるのも同じ理由。一般的な日本人が英語が苦手だという日本社会の性質に「寄生」しているに過ぎない。
同様に、例えばシンガポールで「社内公用語を英語にしました!」と発表したら、「はぁ?」と言われるだけだろう。
飽きもせず組織改革だの、業務改革だのといった、もっともらしい議論を延々と続けることができるのは、日本社会が本質的なところでまったく変化していないからこそだ。
変わらないことが最初から分かっているからこそ、安心して組織改革や業務改革を叫ぶことができるという、このアホらしさ。企業組織なんて、まあその程度のものだ。