中国と日本の不幸な関係:楽観からは何も生まれない

alan(エイベックス所属、中国四川省出身の女性歌手)の活動について、自分の書いていることが悲観的すぎるという自覚はある。ただそれは、領土問題などで日中関係が悪化しているからではない。
中国大陸の検索エンジン「百度」の掲示板サービス「貼吧」に頻繁にアクセスするようになって1年、中国大陸のマイクロブログ「新浪微博」を始めて半年。
個人的に中国のネット友達と中国語で交流する一方、日本国内の中国報道や、身近な人の中国観を聞くにつけ、日中の価値観が、日米のように同じ方向になることは、絶対にありえないという確信だけが強まる。
たとえば、あなたが日本人だとして、「陽気で明るい中国人」と価値観を共有することができるだろうか。
「陽気で明るいアメリカ人」となら、大部分の日本人はすぐに、言葉の壁を越えて価値観を共有し、意気投合できるだろう。
しかし、日ごろからテレビでこれだけ偏った報道を見せられて、「陽気で明るい中国人」とすぐに、言葉の壁を越えて意気投合できるかと言えば、まず無理だ。
いきなり街で陽気で明るい中国人を目の前にしたら、ふつうの日本人は、この人はお金持ちの観光客で、たくさん買い物をして帰るんだろう、くらいの印象しか持たず、積極的に関わりたいとは思わないはずだ。
結局、日本における中国人は、徹底して中国人っぽくなく行動することでしか、日本人に受け入れられないのではないか。
いくら、陽気で明るくポジティブにと、安物の自己啓発書のようなことを言ってみたところで、日本のマスメディアの中国報道は常に偏っているし、オリコンチャートに登場する外国曲は英語曲か、韓国のアーティストだ。
やはり日本は韓国と並んで、極東地域の要衝として、米国との同盟関係の中にどっぷりつかっている。この三国関係と全く異質な中国は、日本にとって大いなる他人であって、決して気軽に仲良くなれる隣人ではない。
この他人感覚は、領土問題や、北朝鮮の発砲や、ノーベル平和賞や、COP16といった話題が出るたびに、強くなることはあっても、弱まることはない。
中国と日本の関係は常に不幸だという認識は、それほど悲観的すぎるだろうか。本当の楽観は、徹底した悲観の中からしか生まれないはずだ。
alanのような、中国人としての誇りを強く持っているタイプの実力派アイドル歌手が、そう簡単に日本の聴衆に広く受け入れられるはずがない。
まずはそういう徹底した絶望から始めないと、本当にalanを日本の音楽界に根づいた歌手にすることはできないと、僕は確信している。
以前から何度も書いているが、エイベックスは楽観的すぎる。
優れた楽曲を作れば、音楽は国境を越えると素朴に信じすぎている。
努力は政治的立場の違いを越えて必ず認められると素朴に信じすぎている。
地方のテレビ局のドサ回りなどしなくても、東京圏と大阪圏だけで活動しさえすれば、そのうち日本全国で認知されるという考えは楽観的すぎる。
多少日本語がヘタくそでも、ヘタくそな日本語に萌えてくれるファンがいれば大丈夫という考えは楽観的すぎる。
公共放送や政府関係者の力を借りれば、日本での人気を上げられるという考えは楽観的すぎる。
明るい未来を信じてさえいれば、いつか必ず道は開けるという考えは楽観的すぎるのだ。