チベット自治区が舞台の日中合作アニメが日本で受け入れられる可能性は?

alanの公式サイトではまだ発表されていないが、先日少しふれたように、来年夏、中国大陸で公開のアニメ大作『臧獒多吉(ツァンアオ・トゥオチー、チベット犬物語)』の主題歌と、女医のメイトー(=「花のような仙女」の意味)の声優をalanが担当することになっている。
プロデューサのTwitterなどを参照する限り、主題歌の中国語版、日本語版のボーカル録音は終わり、ミックスも順調に進んでいるようだ。
ところで、中国大陸の検索サービス「百度」には、「百度文庫」という電子書籍サービスがあり、著作権に厳格でない中国のお国柄、一般ユーザが市販の書籍をどんどんテキストファイルや、PDF形式、Word形式などにしてアップロードしている。
おかげで上記のアニメ『臧獒多吉』の原作、楊志軍(yang2 zhi4jun1)という1955年生まれの小説家が書いた、三部作の長編小説『藏獒(チベット犬)』も読むことができる。
ちなみに楊志軍は、兵役の後、大学に進学し、青蔵高原に雑誌記者として6年間駐在したとき、実際にチベット犬を飼っていたらしい。小説は本作以前にも多数書いていたが、2005/09/01出版の本作『藏獒』で初めてその名が知られるようになったとのこと。
個人的にいくら中国語を読むのに慣れてきたといっても、第一部だけで350ページもあるこの小説を読む時間はないので、冒頭だけ読んでみた。
小説は父親の思い出の回想から始まっている。語り手の父親は、駐在先の青蔵高原で献身的にチベット犬を育てていた。語り手もその血を受け継いでいるため、かつての父親の駐在先を訪れたとき、父親の育てたチベット犬の血筋を引く犬たちは、語り手とは初めて出会うにもかかわらず、育ての親に対するように従順に付き従う。
と、一日で数ページしか読めなかったので、中国大陸のAmazonの書評を見てみた。
『藏獒』楊志軍(Amazon.cn)
おおむね好評。
ただ、これらの書評を読む限り、仮に原作の主旨をそこなわずにアニメ映画化されていて、日本で上映されるとすれば、間違いなくドラえもんを素直に楽しめるような、児童向け映画になるだろう。
個人的な精神世界やトラウマを掘り下げるような、メンヘル(mental health)系の日本製アニメを見慣れた、日本の一般的なアニメファンには、たぶん敬遠されるだろう。
逆に、メンヘル系のアニメやオタク文化を嫌う日本の若者には無視され、同じ頃に上映されるハリウッド映画か、日本のテレビドラマの映画化作品に流れるだろう。
このアニメを共同制作しているMADHOUSE側のプロデューサは社長の丸山正雄氏なので、同じMADHOUSE作品でも、過去の『幻魔大戦』(古すぎてごめんなさい)や『PERFECT BLUE』ではなく、『サマーウォーズ』系統の、家族でも楽しめる作品になることは間違いない。
すると問題は、まず(1)日本のマスメディアが日中合作アニメを好意的に報道するかどうか。
次に(2)小さな子供の親たちが、来年夏ごろに日中合作アニメ映画を自分の子どもに見せたいと思うかどうか。
最後に(3)日本の観衆がチベット文化を「エキゾチックだ」と積極的に評価する視点を持てるかどうか、だろう。
ざっくり言えば、(1)と(2)は今後の北朝鮮情勢次第だろう。
北朝鮮の指導者の世襲にともなう「暴走」を、中国政府がどれだけ制御できるか。それがうまくいかなければ、今年の尖閣諸島問題の延長線上で、マスメディアは日米韓の同盟関係vs中国・北朝鮮という報道を続けることになる。
結果として、日中合作アニメは無視されて終わりだろう。
また、来年夏までに、仮に日本の衆議院が解散され、自民党政権への政権交代が起きれば、自民党は民主党の対中外交を批判してきたので、より中国に対して厳しい姿勢をとるだろう。
と、いろいろ書いても仕方がないくらい、来年夏にかけて、マスメディアが中国について好意的な報道をする理由を見つけるのは難しい。
中国政府が北朝鮮に働きかけて、日本の拉致被害者を解放させる、なんていう「奇跡」が起これば話は別だけれど。
そんな「奇跡」が起こったとして、(3)のように日本人が「チベット文化」をエコだとか、LOHASだとか、エキゾチックだとか、何でもいいのだが積極的に評価するだろうか。
中国のニュースサイトで著者・楊志軍氏のインタビューを読むと、都市に生活する漢族である著者自身が、チベット自治区での駐在体験から、一種の神秘的で素朴な異国文化としてチベット族の文化をプラス評価し、それを都市生活に疲れた中国の都会人たちに紹介したい、というのが執筆の動機のようだ。
ただ、日本人がチベットと聞くと、全くピンと来ない人が大多数、次にダライ・ラマの顔を思い浮かべる人が少し、最後にチベットそのものに憧れを持つ人は超少数派のはずだ。
そしてチベットという単語を聞いてダライ・ラマを思い浮かべる日本人は、日本のマスメディア報道の影響で、チベット民族の自由を抑圧する中国政府という図式しか思い描けないので、日中合作アニメがチベット自治区を舞台にしているということ自体、全く理解できないに違いない。
結果として、仮にこのアニメが来年夏、日本の右翼のみなさんの妨害もなく、無事に日本で上映されたとしても、すすんで映画館を訪れる観衆は非常に少数だろう。
…というのが、客観的な見方だと思うのだが、反対意見があれば大歓迎です。