mixi(ミクシィ)経営陣は日本的ネット社会を理解しているのか?

mixi(ミクシィ)がユーザーのプライバシーに配慮を欠く失態を連発した背景には、日本と米国のインターネット上でのユーザどうしのコミュニケーション携帯の本質的な違いについて、mixi(ミクシィ)の経営陣が大きな誤解をしていることがあるのではないか。
日本はインターネット上のあらゆるユーザどうしのコミュニケーションが、原則として匿名で行われることが前提となっている。他方、米国では実態がどうかは別として、実名であるべきという理念が先行している。
日本のネットでの交流が匿名で行われる理由は、先日この「愛と苦悩の日記」に書いたとおりだ。
「日本人がネット上で匿名性を求める本当の理由」(2010/10/25)
日本では本音と建前の乖離が大きく、個人の実社会での振る舞いと、私的生活での振る舞いに大きな違いがあることが大前提にある。
実社会では多くの日本人は所属する組織において、個性を打ち消して、ひたすら集団の価値観に同調することで、無用な摩擦を避けている。それによって組織としての公的生活がスムーズに進むような配慮を、絶えず強いられている。
その反動として、日本人は私的な生活では、あえて公的な生活で所属している組織の価値観に反するような行動をしてみたり、反するまで行かなくても、全く無関係な個人的価値観に没入する。
この本音と建前のギャップを意図的に大きく広げることで、日本のほとんどの組織人は、いわば精神的なバランスをとっている。
だからこそ私的生活における、インターネットでの他の利用者との交流は匿名でなければいけない。匿名でなければ、本音と建前をきれいに分離することができないからだ。
それに対して米国では、おそらく本音と建前の乖離が小さい。日本では禁じられている、私的生活を公的生活に持ち込むことが、ある程度許されている。
例えば女性社員が子供を小学校に迎えに行くために、会社の会議を早く切り上げることが許される、といった具合に、むしろ私的生活がより重要だという前提で、公的生活がいとなまれている。
言い換えれば、私的生活の基盤となる地域共同体や、キリスト教を主とする宗教的な共同体が最重要であり、その上に初めて公的生活が成り立っている。
だからFacebookが実名なのは当然であり、mixi(ミクシィ)が匿名なのは当然なのだ。
したがって、mixi(ミクシィ)は徹底して利用者の私的生活を公的生活から遮断する必要がある。
にもかかわらず、メールアドレスからmixi(ミクシィ)上のユーザ検索を可能にすることで、そこに穴をあけてしまった。
仮に深く考えずに穴をあけたのだとすれば、mixi(ミクシィ)の経営陣は自社が提供しているサービスが、日本社会において本質的にどういう意味を持っているかを全く理解していなかったことになる。
そんな経営陣に、日本社会に適したソーシャル・ネットワーク・サービスの運営が、今後もできるのか、はなはだ疑問である。
インターネットの世界は何でも欧米基準に合わせればいいとか、実名にすることでインターネットの全ての問題が解決するとか、そんな安易な考え方でネット・ビジネスに関わっているなら、mixi(ミクシィ)の経営陣はそれだけで経営陣としては失格だと言える。

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  1. Webクリエイターボックス

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