alanの15thシングル『愛は力』は何のために作られたのか?

昨日、alan難波サキが司会をする東京INTER FMの番組『プレスタ』で、alanの第15弾シングル『愛は力』が初めて放送された。

この曲はテレビ東京の2011/01/02放送、新春ワイド時代劇『戦国疾風伝』の主題歌で、この番組の公式サイトにある予告編ムービーに『愛と力』が使われているので、すでにサビだけは聴いていた。
昨日初めて全曲聴いたのだが、J-POPではなくフルオーケストラ伴奏のクラシック路線の楽曲だった。
alanはエイベックスから日本デビューする前、解放軍芸術学院で声楽を学んでいたので、クラシックの唱法をマスターしているのは当然だ。
問題は中国から来た日本を地盤に活躍することを目標としているポップス歌手として、このように多彩な才能を示すのが、はたして適切なマーケティング戦略かどうか、ということだ。
以前にも書いたが、正直言ってalanの日本のポップス業界でのマーケティング戦略は、かなり見当違いだ。
日本のポップス業界を昔から見てきている、僕ら日本人の聴衆は、たとえば森高千里が実力派としてデビューしたが全く市場に受け入れられず、非実力派宣言をしてようやくブレイクした事例などを知っている。
要するに日本のテレビ番組と同じように、日本のエンターテインメント市場で、出し手は受け手より上から目線になってはいけない。実力派であっても最低限、親しみやすさを全面に押し出さなければ、日本市場では決して受け入れられない。
alanについて僕がつねづね不安に感じるのは、もともと成都育ち、北京での学生生活が長いalanは、中国人的なプライドの高さを日本で捨てきれないのではないか、ということだ。
2011/01/01発売の今回のニューシングル『愛は力』のように、日本を代表するテノール歌手の福井敬氏と互角にデュエットするだけの実力を発揮することが、日本市場でalanの地位を有利にすることは決してないだろう。
そもそもエイベックスはこのようなオファーをなぜ受けてしまったのか。中国人ということで、alanはただでさえ普通の日本人聴衆との距離があるのに、ポップス歌手にもかかわらず美しいソプラノの技術を聴かせることで、さらに聴衆との距離は広がるだけだ。
そして日本のクラシック音楽市場において、福井敬氏の活躍するような声楽作品の市場は、器楽曲や管弦楽曲に比べるとさらに小さい。
つまり『愛は力』のような作品が受け入れられる市場規模は、極めて小さく、発売される前からこのalanの第15弾シングルが、過去のalanのシングル作品の中でも最低水準の売上になることは完全に予想できる。
しかしalan自身はこの『愛は力』の完成度に自身を持っており、昨日の放送後もエイベックスの松浦社長から激励の電話を受けたことに嬉々としている。
さて、alanのようなポップス歌手は、いったい誰のために歌をうたうのだろうか。ポップス歌手の歌は、純粋な芸術性のために歌われるのではない。また、歌手自身の満足のために歌われるのでもない。
alanの現状のシングル、アルバムの売上を見ていると、新しい聴衆の開拓がまだまだ必要なレベルであり、今のままでは知る人ぞ知る中国人実力派歌手にとどまる。
まだalanを認知していない、より多くの聴衆に彼女の声を届けるためには、クラシックの声楽作品のようなシングルが訴求しないことは言うまでもない。当然のこととして、より大衆的な作品、よりポップでキャッチーな作品が求められている。
なのに何故、こんなタイアップ作品が制作されるのか、僕には全く理解できない。エイベックスは、alanのリスナーを「ブレイク」と言える水準までに拡大することを、すでにあきらめているとしか思えないのだ。