武田斉紀氏の「ワーク・ライフ・バランス」コラムは必読

日経ビジネスオンラインで『行きたくなる会社のつくり方』というコラムを連載している武田斉紀氏は、東京大学の先輩である。
ただ、とくに今回のコラムの知的レベルの低さは、同じ東京大学の卒業生として、お恥ずかしい限りだ。全ての東京大学卒業生に代わって、ここでお詫びしたい。申し訳ない。
この連載で武田斉紀氏は、以前も「菅さん、国民はあなたを選べなかったのですよ。」という品質の悪いコラムで、政治学についての無知を惜しげもなく披露してくれた。
今回のコラム、「第20回 ワークとライフはバランスでなく一体でしょ」も同じだ。
最近、NHK教育テレビの『ハーバード白熱教室』で、サンデル教授が政治学におけるリベラリズムとリバタリアニズムの基本的な対立をテーマに正義を論じている。
自由の実現のためには、機会の平等を確保するために、政府による一定の介入が必要とするリベラリズムと、個人の自由を全面的に認め、政府の介入は最小限にとどめるべきというリバタリアニズムの、米国大統領選挙ではおなじみの自由をめぐる対立図式だ。
武田斉紀氏はそういった現代社会の基本的な問題構造を理解していないらしい。
おまけに、経済学におけるミクロとマクロの区別という、ごくごく基本的なことさえ理解していないようなのだ。
つまり、個々の企業の行動というミクロレベルの最適化の集積が、国家規模で見たとき、マクロレベルで弊害を産み出す可能性があるということを全く考慮していない。
このように、武田斉紀氏は政治学や経済学の基本的な教養の欠如を、恥ずかしげもなく披露している。
これは推測に過ぎないが、武田斉紀氏はもしかすると、東京大学の学生だったころ、一般教養をまともに勉強していなかったのではないか。
リクルートという、日本でも特殊な社風を持つ会社での業務経験にもとづきさえすれば、斬新な観点のコラムが書けるという、全く根拠のない確信を持っているようなのだ。
■リベラリズムとリバタリアニズムの対立に関する無知
今回のコラムで武田斉紀氏は、1ページ目でいきなり無知を露呈している。
政府によるワーク・ライフ・バランスの掛け声のもと、各企業が一律に残業規制をし、有給消化率の低い上司を冷遇していることを非難しているのだ。
その理由は、仕事が楽しいからすすんで残業したい社員の自由を奪っているから、というものである。
果たして武田斉紀氏は、ご自身がきわめて素朴なリバタリアニズムの立場をとっていることを自覚されているだろうか。今回のコラムを読む限り、全くその自覚がないとしか思えない。
ワーク・ライフ・バランスの実現のために、わざわざ政府主導で、個々の企業の施策に介入する必要が出てきたのは、個々の企業の取り組みに任せてきたところ、全く成果が出ていないからではないか。
1985年に男女雇用機会均等法が施行されているにも関わらず、女性従業員が結婚、出産、育児のために、会社を辞めざるを得ない、そういう状況はほとんど改善されなかった。
つまり、個々の企業の取り組みに取り組みに任せるという、リバタリアニズム的な政策運用では、明らかに限界があることが分かってきたので、リベラリズム的な運用に転じて、2007年から政府が本格的に「ワーク・ライフ・バランス」の取り組みを主導し始めたのだ。
武田斉紀氏は今回のコラムの1ページめから、いきなりこの流れを再びリバタリアニズム、つまり、個々の企業は、残業したい社員がいるなら、その残業の自由を妨げるような施策を取るべきではないという考え方に巻き戻そうと主張している。
それではうまく行かなかったから、政府が「ワーク・ライフ・バランス」を主導し始めたのに、また、個別企業の自由に任せれば全てうまくいくはず、という、リバタリアニズム的政策に巻き戻してどうするんだ。
自分の議論の立ち位置を理解しないまま、会社員としての経験論だけに基づいて、あたかも自分の意見が世の中の「ワーク・ライフ・バランス」の流れに対する斬新な反論であるかのように書いている。
恥ずかしい。ただただ、恥ずかしい無知ぶりである。
■ワーク・ライフ・バランスの起源についての完全な誤解
「ワーク・ライフ・バランス」がワークとライフを対立概念としてとらえているという批判も、完全に的外れである。
「ワーク・ライフ・バランス」は、一人の人間の生活または人生(=ライフ)の中で、仕事(=ワーク)の最適な位置づけを模索することを目的としている。
つまり、明らかにライフは一人の人間の生活または人生全体を指しており、本来ワークはその一部分であるはずなのに、あまりに肥大化して、いつの間にかライフと対立する概念になってしまった。
その反省から「ワーク・ライフ・バランス」の取り組みが始まっているのである。
ワークが肥大化した結果、ライフの対立概念になってしまったことが、「ワーク・ライフ・バランス」の社会的取り組みのきっかけになった。
なのに武田斉紀氏は、「ワーク・ライフ・バランス」がワークとライフを対立させていると非難している。勘違いもいい加減にして頂きたい。
取りあえず、武田斉紀氏のずさんな議論については、以上の2つの論点だけを提示しておきたい。あとは実際にコラムをお読み頂ければ、「何を言っているんだこの筆者は」とつぶやきたくなる箇所がいくつもある。
例えば、武田斉紀氏は事もあろうに、トヨタ自動車をワーク・ライフ・バランスの先進企業の一例として紹介している。それに対する内部者の反論は、このコラムについている読者コメントをお読み頂きたい。
仮に百歩ゆずって、トヨタ自動車がワーク・ライフ・バランスの先進企業なのだとすれば、それは非正規雇用者の犠牲の上に成り立っていると言い切れる。
個別企業の経営者に任せさえすれば、ワーク・ライフ・バランスが実現され、出生率も改善していたはずだというなら、そもそもなぜ政府が「ワーク・ライフ・バランス」などということを言い出す必要があったのだろうか?なぜ過去15年間、出生率は着々と改善しなかったのだろうか?
論理的にも実証的にも、まったく説明のつかない主張を、武田斉紀氏は今回のコラムで延々と展開している。
経済誌にコラムを書くなら、もう少し政治学や経済学の最近のトピックを勉強をしてからにされたらどうか。