中国と日本の言論の自由の差は程度の差でしかない

ツイッターで風刺ツイートをした中国大陸の女性が、一年間の強制労働を命じられたという報道があった。
情報源の英国BBC中国語ニュースはこちら「中国女推友推特一句話被判労教(中国の女性ツイッター利用者がひとことのツイートで労働教育の判決)」(2010/11/18 14:54 GMT)
ITmedia Newsのページはこちら「風刺ツイートをRTした中国の女性、強制労働命じられる」(2010/11/19 19:12 JST)
僕がこのニュースを知ったKinbricks Nowのページはこちら「中国政府のツイッター弾圧=たった5文字のつぶやきで1年間の勾留」(2010/11/20)
当然、英国や日本の報道では、この中国人女性がいくら中国大陸の反日デモをはやし立てるようなツイートをしたからといって、それだけで一年間の労働教育の判決を下した中国政府の決定は非人道的だ、という主旨になる。
たぶん、ほとんどの欧米人や日本人は、そういう主旨でこの報道を解釈すると思う。
僕も確かに中国司法当局の判決は不当に重すぎると考え、いつも中国大陸から敏感詞というプロキシーサイト経由でツイッターに入って来ている、中国人のネット友達に、「ツイッターでツイートするときは、注意してね~」と、あえて軽いノリで、上記の英国BBCの中国語ニュースのページのURLを教えてあげた。
すると返ってきた3つの返信が、3つとも全く予想に反する内容だったので、驚いてしまった。
彼らは3人とも、この女性を、冗談にも反日デモに参加した「憤青」、つまり日本で言えば極右・極左思想の若者を扇動したのだから、彼女も「憤青」と同じく、反社会的人物だと解釈していたのだ。
なので、彼女が労働教育の刑に処せられたのは当然であり、僕たちは彼女のような反社会的なことを、ツイッターで軽々しくつぶやかないように注意するよ、アドバイスありがとう、という意味の返信をしてきたのである。
同じ中国人女性歌手のファンどうしとして、今までおたがいに理解し合っていると思いこんで、ツイッターや、中国のマイクロブログ「新浪微博」で楽しくやりとりしてきたけれど、こんなところで根本的な見解の相違に出会うとは思いもしなかった。
中国大陸で、普通の市民生活を送っている普通の中国人にとって、反日デモを冗談にもあおるような発言をするのは、端的に反社会的行為なのであって、そんな発言は言論の自由の行使と見なされないのだ。
もちろん上述の中国人女性は、ツイッターで中国語にしてたった5文字、「憤青たちよ、やっちゃえ!」(Kinbricksさんの上記引用ページから)とつぶやいだだけで、実際にデモの破壊的行為に参加した訳ではない。
なので、欧米や日本の基準からすれば、彼女を勾留した中国政府の決定は、明らかに言論の自由に反する。
しかし、中国大陸で普通に生活している中国人からすると、たった5文字のツイートであっても、日本で言えば極左団体が皇居にお手製のロケット弾を打ち込んだくらいの破壊的行為に見え、かつ、そのように見てしまう自分たちの判断基準に何の疑問も持っていないのだ。
これを中国政府による、社会秩序を維持するための一種の「洗脳」教育の見事な成果と見るのはたやすい。
しかし、言論の自由が、まったく自由のない状態から完全な自由まで、仮にさまざまな段階があるものだとすれば、日本人もこういう普通の中国人の反応に、「だから中国っていう国はダメなんだ」と無条件に非難できる立場にあるかは微妙だ。
というのは、日本における言論の自由の度合いが、果たして世界に誇れるほど自由かと言えば、決してそうではないからである。
記者クラブ制度などがその最たるものだが、普通の日本人の情報リテラシーは欧米ほど高くはないので、メディアがきれいに枝葉を剪定して送り出す情報を、いとも簡単にうのみにしてしまう。
大多数の日本人が、マスメディアが右と言えば右へ向かうし、左と言えば左へ向かう。関東圏ではみのもんた、関西圏ではやしきたかじんなどといった、声の大きなタレントを、良識派の言論人として、いとも簡単に受け入れてしまう。
こういう普通の日本人と、反日デモをはやし立てた女性を当たり前のように反社会的と見なす普通の中国人の間には、程度の差しかない。
たしかに日本では、政府が明示的に一年間の労働教育のような言論弾圧をすることはない。
しかし、草の根的に、地域コミュニティーや、学校内・職場内のコミュニティーから、「いじめ」や「肩たたき」などによって、事実上はじきだされる。
そうした「村八分」的な私刑(リンチ)や、「自粛」という名の暗黙の了解による言論弾圧の伝統が、日本にはれっきとして存在する。
つまり、異質な言論に対する弾圧が、中国では公権力によって明示的に行われるが、日本では多数派の暗黙の空気によって行われる。
極端な逆説をあえて言おう。
言論弾圧が起こったとき、中国なら「中国政府が悪い!」と明確に中国政府を指させるだけ、まだましだ。犯人がはっきりしているから。
ところが日本では、「村八分」や「自粛」による言論弾圧が起こったとき、誰を指させばよいか分からない分、中国の言論弾圧より始末が悪い。
…という具合に、あえて「日本に本当に言論の自由なんて存在するのか?」と疑ってみることで、普通の中国人のこのニュースに対する反応も理解することができる。
僕ら日本人は、ヤクザまがいの恫喝で、無実の人間を犯罪者に仕立て上げる技術を駆使する警察が、治安を守っている国に住んでいることを忘れてはいけない。
中国と日本の言論の自由の差は、単に程度の差でしかなく、日本では言論の自由が完全に保証されている、などという考えは、おめでたい幻想に過ぎない。