日本国民の成熟度が試される、例の海上保安官の取扱い問題

尖閣諸島の漁船ビデオを海上保安官が漏えいした問題だが、内部告発者の利益は守れられるべきという考え方があるようだ。
えっと、まず日本の法律で内部告発者が保護されるのは、当然のことながら日本の法律に違反した行為が組織内で行われている場合に限られる。
ウィキペディアによれば、日本の法律に違反する「全ての」行為の内部告発について、内部告発者が保護されるわけではなく、重大な違法行為についてのみ、内部告発者は保護されるらしい。
会社に対する不満から、一丁、内部告発でもやってやろうか、とお考えの皆さんは、それが日本の「公益通報者保護法」に該当するか、よくよく調べてからにした方が良さそうだ。
もっと言えば、公益通報者保護法で保護されるのは、労働法に定められた労働者だけなので、海上保安官のような公務員は含まれないらしい。
そういうわけで、残念ながら例の海上保安官の内部告発は、まったく日本の「公益通報者保護法」の対象にならない。公務員法に違反している疑いが濃厚な、単なる違法行為だ。
ビデオを公開しなかった民主党政府の判断は、とんでもない間違いだという意見はあるだろう。
でも、だからといって、警察権を持つ海上保安官が、個人の「義憤」から国家の保有する情報を、自分の好きなように処分するのを「あっぱれ」とするのは、限りなく無政府主義に近い。
もちろん、民主党政権が気に入らないという理由で、合法的な総選挙による政権交代がどうしても待てないというなら、自衛隊をあらかじめ仲間にでも引き入れておいて、日本全国を制圧するクーデターを起こすのは「あり」だろう。
クーデターというのは、その国家のあらゆる法律を「超越」した行為だからだ。
ただ、じっさいにクーデターが起こったら、日本はもう民主主義国家でも法治国家でもなくなるに違いない。
僕は個人的にそんな事態になることだけはイヤなので、例の海上保安官は日本の公務員法にしたがって、粛々と裁かれるべきだと考える。
ところで、中国大陸には、中華人民共和国政府が気にくわないという人がたくさんいるに違いない。たとえば、ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏のように。
劉暁波氏の偉いところは、中国国内の法律にもとづいた刑罰を甘んじて受けている点だ。個人的な言論の自由を行使したいだけなら、アメリカにでも亡命すればよいのに、あくまで中国にとどまって言論活動を続けておられる。
つまり、劉暁波氏の言論活動は、結果的に中国国内の法律に違反して、そのために処罰を受けることになったけれど、彼はその処罰に従っているので、「合法的に」活動している。
個人的な義憤から日本の法律に抵触することをしでかしておきながら、「違法行為とは思っていない」などと開き直っている、例の海上保安官などとは、志の高さも、覚悟の程も、まったくレベルが違うのである。
それでも、どうしても国内法が気にくわないというなら、亡命するのもまた選択肢だ。亡命先の国が素直に受け入れてくれるかどうか、一か八かの賭けになるけれども。
中国大陸にお住まいの方々も、無政府状態や「法律もクソもない」という最悪の状況を避けるためには、残念ながら法治国家という形式を受け入れて、国内の法律の範囲内で、出来る限りのことをするしかない。
それは日本に住んでいる僕らも同じことだ。
今の法律がいくら理不尽だからといっても、今の政府がいくら腰抜けだからといっても、例の海上保安官のように、いきなりクーデター的な行動を起こしてしまえば、その後には、法治国家も言論の自由もなく、むき出しの暴力で複数の勢力が対立する社会が待っているだけである。
国家を相手に訴訟を起こして地道に判例を積み重ねるか、選挙で意思表示をして政権交代を期待するしか方法がない。
選挙の結果、かつてのナチスのような政党が政権の座について、合法的に独裁へ移行するなら、それはそれで仕方ない。そうなった後に、再び言論の自由や法治国家を取り戻したければ、やはり、むき出しの暴力でクーデターやゲリラ活動を行うしかない。
たぶん例の海上保安官に「よくやった!」と言っている一部の日本国民は、あまりに法治国家や言論の自由に慣れすぎてしまっているのだろう。
慣れすぎてしまっているせいで、いま僕らが享受している法治国家や言論の自由が、いかに危ういバランスの上に成立しているか、いかに簡単に失われてしまうものか、分かっていないのだろう。
その意味で、例の海上保安官を擁護している日本国民の方々は、今の政府よりも「平和ボケ」な方々か、都市部のマンションに潜んでいるらしい伝説の諸団体よりも「過激」な方々か、どちらかだとしか言いようがない。