中国のツイッターで生物保護にあえて疑問を投げてみた

生物多様性の保護について。
たまたま今晩、Twitter(ツイッター)に似た中国のマイクロブログ「新浪微博」で、アンジェラベイビーがフカヒレを食べるのをやめようと呼びかけていた。大Sが転載した、2010年英国野生動物撮影賞の記事に対するコメントだ。
そこで、あえてアンジェラベイビーに反論してみた。以下、実際のやりとりは全て中国語だ。
「アジア人は欧米人と同じものを食べる必要がありますか?なぜアジア人はフカヒレなどを食べる伝統を捨てる必要があるのですか?『牛肉を食べるのは良くて、犬の肉を食べるのは悪い。豚肉を食べるのは良くて、鯨肉を食べるのは悪い』等という合理的な理由は何でしょうか?世界には牛肉を食べてはいけない土地もあります。私達は”文化多様性”を尊重すべきです。いずれにせよ私達は他の生物を食べなければ生きていけないのです」
当然、ナイーブなアンジェラベイビーが反論してくるはずがない。代わりに中国の方が反論してきた。
一人目はこんな感じ。
「じゃあ君はなぜ家族を食べないんだ?そうすりゃ生きていけるだろ。大バカめ…」
全く論理的な反論ではないので、僕も非論理的に反論しておいた。
「じゃあ魚は君の家族なんだね。わかった」
二人目の反論は少なくとも理論的だし、新しい論点を提示してくれた。
「豚や牛は人工飼育で、生産量も高いから。鯨は野生動物で、数も限られている。私も鯨の保護には比較的賛成」
一人目の反論の頭の悪さが際立つ。ただ、この二人目の理論を採用すると、実は犬の肉を食べることを正当化できてしまうので、僕はこう回答してみた。
「正にそのとおり、鯨保護には道理があります。でも犬も人に飼われていて、生産量は相当高く、野生動物でもない。じゃあ僕らは犬の肉を食べていいと言わざるを得ないです。なぜ多くの人が犬の肉を食べるのに反対するのか分かりません」
これに対して、同じ方がさらに新しい論点で反論してくれた。
「犬は他の動物よりIQが高いし、比較的知性があるからでしょう。しかも今は犬をペットとして飼う人が比較的多いし、大部分の人は犬を人類の友達と見ているから」
これはまさにシー・シェパードが日本の鯨漁に反対し、米国のドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』がイルカ漁を野蛮として描く理由と同じだ。
ただし、まずペットだから、人類の友達だから食べてはいけないという議論は全く成立しない。
自分が手塩にかけて育てた肉牛に、家族に匹敵する愛情を持たない畜産農家はいないはずだからだ。また、裏庭にペットのように飼っているニワトリを、最終的には絞め殺して食べるのも、今でも東南アジアでは普通に行われていることだ。
では知能が高いから食べてはいけない、というのは論理的だろうか?
これも違う。仮にイヌやイルカやクジラが他の動物と比べて知能が高いことを認めたとしても、知能が高ければ食べてはいけないが、知能が低ければ殺して食べてもいい、というのは、西洋の主知主義の伝統にもとづく、一つの「特殊な」考え方に過ぎない。
言い方を変えれば、全知全能の神を頂点とし、その知性の一部を授けられた人間を全ての動物の頂点とし、知能が低いほど低レベルな動物だと見なす、そういった西洋の主知主義の伝統がなければ、牛や豚は食べてよくて、イルカやクジラは食べてはいけないという主張を正当化できない。
西洋の主知主義は、食べていいかどうかの基準を「知能の高さ」に置くが、別の文化では「神聖さ」に置くかもしれない。
知能の高さを基準に生物に序列をつけるのも、世界的に見ればかなり特殊な考え方でしかない。
いま名古屋で議論されている生物多様性保護が、欧米先進諸国による、新たな形の「文化帝国主義」みたいなことになってはいけないはずだ。
また、生物多様性を守るためなら、途上国の貧しい子供が大量に餓死してもいいのかという、究極の選択も存在する。
生物多様性保護を叫ぶのはたやすいが、突き詰めていくと、結論を出すのが難しい論点にいくつも突き当たる。
それを横において、例えば、かわいいパンダちゃんを守りましょうでは、生物多様性の保護を本当に議論したことには全くなっていないのだ。