Twitter(ツイッター)がバイラルマーケティングに使えるという神話

ツイッター(Twitter)がバイラルマーケティング(口コミによるマーケティング)に使える、というのは、単なる神話だろう。
理由は主に2つある。一つは「島宇宙」仮説。もう一つは「上り・下りの情報流量の違い」だ。
1人の人間が10人に対して特定の情報をつぶやく。これを8回繰り返せば、その情報は1億人強に届くはず。こういうバカげた考え方が、ツイッター(Twitter)がバイラルマーケティングに使えるという神話の理由になっている。
ところが、1人の人間が最初につぶやく10人は、似たような趣味嗜好をもっている確率がかなり高い。その10人がさらにつぶやく合計100人の人々の中で、似たような趣味嗜好をもっている人々がいる確率は、さらに高くなる。
結果として、2段階めのつぶやきで、異なる人から同じ情報を受け取る人が現れる確率は、純粋に数学的に計算するよりもはるかに高くなるはずだ。
むしろ、上記の例でいえば、8段階のすべての情報伝達のなかで、趣味嗜好が似通った人物が現れないと想定する方が、むしろ無理がある。
結果として、情報伝達の2~3段階くらいで、趣味嗜好が似通った数千人くらいの人々のかたまりの中だけでしか流通しなくなる。これが「島宇宙」仮説だ。
つまり、社会を構成する人たちは、一人ひとりが他のすべての人たちと異なる、バラバラの趣味嗜好を持っているわけではない。
似たような趣味嗜好を持っている人たちをひとくくりにして「島宇宙」と見なせば、多数の「島宇宙」どうしが少しずつ重なりあっているような状態になっているはずだ。
そこへ情報を投げ込んでも、その情報が立てるさざなみは、すぐにいくつかの「島宇宙」の内部で反芻され、吸収されてしまい、それ以外の「島宇宙」には届かないままになってしまう。
こちらの「島宇宙」モデルの方が、実際の社会を忠実に再現しているのは、いちいち論証しなくても、普通に考えれば直感的にわかるはずだ。
ツイッター(Twitter)をバイラルマーケティングに使うことを提案するSEOコンサルや、そのコンサルを言葉を信じようとしている人たちは、こういう当たり前のことをまず理解した方がいい。
次に、「上り・下りの情報流量の違い」について。
人と人とがつながりを持った場合、二人の間に流れる情報量には「上り」と「下り」とで圧倒的な差がつくことが多い。
ツイッター(Twitter)の有名人ユーザーと、一般人ユーザーの関係を考えればすぐに分かる。
有名人ユーザーから、その人をフォローする一般人ユーザーへの「下り」(あえて「上り」ではなく「下り」と名付ける)の情報流量は、その逆の「上り」の情報流量よりもはるかに大きくなる。
何万人というユーザーにフォローされている有名人が、フォロワーである一般人ユーザーからの情報を、逐一消化できるはずがない。しかも「島宇宙」仮説にもとづけば、その情報を、自分をフォローしていないユーザーに伝えるなどということは、フォロワーが多くなればなるほど難しくなる。
ツイッターに限らず、実社会でも、知名度や社会的地位・権力の差に応じて、「上り」と「下り」の情報量には大きな差が生じることが普通だ。
もちろんマーケティング関係者もそれを分かって、ブログの場合は「アルファブロガー」と呼ばれる、多くの愛読者をすでに獲得しているブログの筆者たちを標的にする。
しかし特定の「アルファブロガー」の愛読者は、「島宇宙」を形成している可能性が高いため、口コミの伝播効果は限定的なものに終る。
ツイッター(Twitter)でも同じことが言えて、多くのフォロワーをすでに獲得しているユーザーを標的に情報を流しても、そのフォロワーたちは「島宇宙」を形成している可能性が高い。
なおかつ、「下り」に比べて「上り」の情報量は無視できる大きさになってしまうため、一方的に流れ落ちた情報が、2~3段階の「島宇宙」の内部にたまったまま、それ以上流れ落ちて行かないということになる。
つまり、ネット上でも現実の世界でも、情報は、フラットで、かつ、何の障害物もないような場所を流れていくのではない。まったく逆に、高低差があり、かつ、趣味嗜好を同じくする人たちの集団という「ダム」が無数にあるような地形を流れていくのだ。
情報をネットにのせれば、何でもかんでもフラット化されて、流動性が上がるというのは神話にすぎない。無数の「島宇宙」でせきとめられるし、さらに、「上り」と「下り」の圧倒的な情報流量の差によって、一方向にしか流れない場所が無数に出てくる。
こうしたことを考えれば、ツイッター(Twitter)をバイラルマーケティングに使うというアイデアは、ネットを使わないバイラルマーケティングと大差ないことが分かる。
逆にネット上の方が、実社会よりも簡単に情報を遮断できる。
例えば、ツイッター(Twitter)上での「ブロック」や「アンフォロー」は、相手に知られずにこっそり行えるが、実社会では面識のある人間から受け取る情報を断ったり、相手への情報伝達を意図的に止めたりすることはやりづらい。
ネット上の方が情報の流動性が上がるとすれば、それは情報を流すのも止めるのも容易になるという意味であって、情報を流すのだけが容易になり、止めるのは実社会と同じと仮定するのは、偏った仮定である。
まぁ、ツイッター(Twitter)を利用したバイラルマーケティングも、ネット社会をユートピアのように見なしたがる、梅田望夫ライクな「ネット信者」の一つの亜流である、としか言いようがない。