小田嶋隆氏の痛快なツイッター批判は必読!

小田嶋隆氏が日経ビジネスオンラインに毎週金曜日、連載しているコラム『ア・ピース・オブ・警句』が面白い。
先日2010/08/27掲載分の「円高と下がり気味の眉の悲劇」は、経済学という学問の有効性そのものに対する問題提起になっている。
「こんなふうに経済に関する議論があやふやになるのは、そもそもそれが人間の活動を扱う研究分野だからだ。
 天体の運行やDNAの配列と違って、人間の欲望は法則に縛られない。むしろ、裏をかこうとする。でなくても、研究対象が自分のアタマで考える主体である以上、予測はほとんど不可能になる。当然だ。
 しかも、論文の内容や記者発表の文言は、常に実体経済に影響を与える可能性をはらんでいる。と、それを述べる人間は、特定の企業の利益や、相場の思惑や、市場の動向に対してニュートラルではいられなくなる。であるのならば、経済閣僚のみならず、学者もまた、必ずしも正直な発言をするとは限らない」
(2010/08/27掲載分より引用)
たぶん正確には、理論化という、これまた一つの人間の欲望が、「天体の運行やDNAの配列」などに対しては、比較的長い期間、安定した説明を与えられるだけ、と考えた方がいいのだろう。
天文学や生物学にくらべて、経済学のもっている「客観性」は相対的なものでしかなく、自然科学の理論も時間が経てば反駁される可能性がある。
逆に反駁される可能性があるからこそ、自然科学は自分自身の合理性を正当化できる、というのが、カール・ポパーのいう「反証可能性(falsification)」だったりするわけなので、経済学のあたえる説明の客観性について、とやかく言い出すと、かんたんに疑問符をつけることができる。
もちろん、小田嶋隆氏の論旨は、こういった科学哲学的な議論ではない。経済の議論をする人たちが、自分自身の理論の「党派性」をかくして、あたかも客観的な理論であるかのように語る、その語り方や態度に、小田嶋隆氏の批判は向けられている。
この小田嶋隆氏のコラムを読んでから、日経ビジネスオンラインの他の記事、とくに、いま日本は需要創出と供給の効率化のどちらを優先させるべきなのか、についての記事を読むと、かなりしらけた気分になって面白い。
一方では、大胆な財政出動をして、需要を創出するのが正しいと書いている人物がいて、他方では産業の民営化を進めて、供給側を効率化するのが正しいと書いている人物がいる。
日本経済新聞社は、会社としては、小さな政府の新自由主義的経済をめざし、セーフティー・ネットについては、まるで経済の問題ではないかのように放っておく立場のようなので、前者は「少数派の異説」としてしか取り上げられない。
でも、小田嶋隆氏の書いているように、実際には両者とも「特定企業の利益や、相場の思惑や、市場の動向に対してニュートラルではいられなくなる」状態にあるだけ。
明らかに経営者側の利害を代弁している日本経済新聞社が、積極的に財政出動をとなえたり、非正規雇用者に対するセーフティー・ネットの拡充ばかり主張したりするわけがない。
なので僕は、無料で日経ビジネスオンラインは読んでも、『日経ビジネス』を購読する気には全くならない。(と言いつつ、社会人になりたてのころには愛読していたなぁと、なつかしく昔を思い出す今日この頃)
ただ、こういったメタレベルの議論をしているコラムを、ちゃんと掲載しているあたりは、朝日新聞や産経新聞とは違う、日本経済新聞社の良識かなぁ、とも思う。
ところで、今日2010/08/30掲載された、小田嶋隆氏と岡康道氏の対談は、ツイッターというコミュニケーション媒体に対する、根本的な疑義になっていて、とっても面白いので、必読だ。
ところで、以前ツイッターで日経ビジネスオンラインを参照したら、「ユーザ登録しなきゃ読めないようなものを参照して、自分の議論を正当化するな!」と、わけのわからない反論をされた。
これも、いかにもツイッターらしいコミュニケーションの一例ということで。