僕がalanの何を本気で心配しているか

alanの日本デビューが、中国と日本の政治的関係と全く無関係であり、「音楽に国境はない」なんてことを本気で信じているalanファンがいるとしたら、中国人ファンであっても、日本人ファンであっても、考え方が素朴すぎる。
僕がalanを応援しているのは、香港でも台湾でもない、中国大陸出身の歌手を日本でヒットさせるという、ほぼ不可能に近い、無謀とも言えることにエイベックスが挑戦していることを理解した上でである。
例えば香港出身の華人のアグネス・チャンが日本で大人気を博したのは、ちょうどデビューの1972年に、歴代首相の中で唯一の積極的な親中派と言っていい田中角栄首相が日中国交正常化を成し遂げた、そういう時代だったからだ。
上野動物園に初めて中国大陸からパンダが来園したのも1972年。
1960年代から日本で活躍し始めていた台湾出身の華人、ジュディ・オングが日本に帰化したのも、1972年の日中国交回復がきっかけ。その後『魅せられて』をヒットさせた彼女は、すでに日本人だったのである。
欧陽菲菲のデビューは田中内閣成立の前、1971年9月だが、彼女も台湾出身。彼女が今でも日本で活躍し続けられているのは、1978年に日本人と結婚したからだと言っていい。
ちなみに第二次大戦後、1975年まで、台湾の事実上の総統はずっと蒋介石で、当時はまだ総統の直接選挙も行われていない時代。戦後の台湾は、言うまでもなく、韓国や日本と同じ親米国であり、冷戦がまだ続いていた1970年代当時は、中国大陸と違って西側諸国の一員だ。
テレサ・テンも台湾出身だが、彼女の中華圏での人気は歴史的なもので別格と言える。すでに中華圏で絶大な人気を誇っていたが、1970年代の一回目の日本デビューは新人賞受賞にとどまっている。
1980年代になって彼女が日本で本格的にヒットを飛ばしたのは、『つぐない』や『愛人』の歌詞が、意図的に自己卑下的な謝罪の内容になっていたからであるのは有名な話。
あと日本で人気が出た華人と言えばビビアン・スー。彼女も大陸ではなく台湾出身で、しかも少数民族だが、日本人にとって華人の一人であることに違いはない。
ビビアン・スーはテレサ・テンと違い、日本デビュー当時、本国で絶大な人気があったわけではない。
彼女が日本人に受け入れられたのは、やはり意図的に自己卑下的で、非実力派的な売り出し方をしたからだ。つまりヘア・ヌード写真集を2冊出して、お笑い番組をメインに活動したからである。
テレサ・テンでさえ歌詞の内容で、日本人に媚を売らなければ、日本で受け入れられなかった。
ビビアン・スーを日本で売り出した仕掛け人は誰なのか知らないが、その人物は、華人に対する蔑視が根強い日本で、華人タレントが受け入れられるためには、日本語がある程度話せるのは当然で、それに加えて、かなり思い切ったことをしなければならないという厳しい現実をよく理解していた。
それを理解する気が最初からなかったフェイ・ウォンや、単に理解していなかったS.O.S(今の大S、小S)は、本国での人気に比べれば、日本では完全に失敗したと言っていい。
ちなみに、つんく♂プロデュースの「太陽とシスコムーン」で小ヒットを飛ばした本多ルルは中国大陸出身だが、太陽とシスコムーン結成直後、日本国籍を取得している。
21世紀に入ってから女子十二楽坊がヒットしたが、北京発のインストゥルメンタル・バンドである彼女らが日本で受け入れられたのは、ひとことで言えば、中国雑技団の延長線上である。
つまり、最近では中国身体障害者芸術団の「千手観音」などもそうだが、団体で一糸乱れぬ高度な芸能を披露する中国人という図式は、すでに日本人にはおなじみのものだからだ。
以上のように、日本では、中国大陸出身の歌手が、ヒットと言えるヒットを飛ばしたり、ゴールデンタイムのテレビでレギュラー番組を持ったりするほどの人気を得たことは、過去に一度もないのである。
そしてその理由は、田中角栄の失脚以降、日本のマスメディアや政界の中枢に反中勢力がしっかり根付いており、それに対抗するだけの勢力が存在しないからだ。
言うまでもないが、免許事業である日本の民間放送が、日本政府の意思と無関係に、完全に自由な放送をできるなどというのは、単なる幻想にすぎない。
僕がalanについて以前からいろいろ書いているのは、まさかエイベックスのalanスタッフは、こういった歴史的・政治的な背景を理解しないまま、alanを日本に連れて来たわけではないだろうな、ということだ。
仮にこれらの背景を十分理解せず、中国大陸の華人を日本でデビューさせるべく北京でオーディションを開いて、折よく出会った阿蘭・達瓦卓瑪を日本に連れて来たのだとしたら、単に彼女の人生をもてあそんでいることになり、あまりに無責任だからだ。
確かに北京オリンピック前の2007年ごろから、今年、2010年の上海世界博にかけて、電通の陰謀ではないけれども、親中の雰囲気を日本国内に作り出そうというメディアの動きはあった。
こういう時にいちばん力を発揮するのは、比較的頭のいい左翼シンパが多いNHKだ。
『関口知宏の中国鉄道大紀行』が放送されたのは2007年の春・秋。その後、北京オリンピックをはさんで、ドラマ『上海タイフーン』は2008年秋、ドラマ『遥かなる絆』は2009年の春。
ところがタイミングの悪いことに、北京の「ニセモノ」遊園地が話題になったり、2007年の年末に中国製餃子の中毒事件が起ったり、上海世界博PRソング『2010等你来』のパクリ問題が出てきたりで、産経・読売新聞系列の媒体にうってつけの嫌中ネタを提供してしまう。
とはいえ、誰が仕掛けたのかは定かでないが、北京オリンピックと上海世界博に向けての、マスメディアによる意図的な親中キャンペーンがあったのは、ほぼ間違いないだろう。
仮にエイベックスが、こうした意図的なキャンペーンを、本当に日本人が中国に関心を持ち始めたのだと「勘違い」して、中国大陸のタレントを日本デビューさせるために、北京でオーディションを開催したのだとしたら、ベンチャー企業らしい「愚直さ」だとしか言いようがない。
その意味では、日本でデビューさせる前に、一年半しっかり日本語を叩き込んだローラ・チャンのスタッフの方が、華人が日本で受け入れられることの困難さを、はるかに的確に理解していたと言える。
alanはデビュー3年で、いまだに音楽バラエティー番組に出演できるレベルの日本語をマスターできないでいる。
これを放置している点が、僕にとっては、エイベックスが本当に「勘違い」をしてしまっているのではないかと、疑いたくなる最大の原因なのだ。
エイベックスにお願いしたいのは、「勘違い」しているかどうかにかかわらず、どうかalanの20代の人生を、無駄にだけはさせないで欲しいということだけだ。