加藤忠史『うつ病の脳科学』(幻冬舎新書)を読んだ

加藤忠史著『うつ病の脳科学』(幻冬舎新書)を読んだ。

以前この「愛と苦悩の日記」では、上野玲氏の書いた『うつは薬では治らない』(文春新書)を批判した。
>>「上野玲『うつは薬では治らない』(文春新書)の主張に疑問(1)」
>>「上野玲『うつは薬では治らない』(文春新書)の主張に疑問(2)」
本書『うつ病の脳科学』は、精神科医・脳科学研究者が、自己批判もふくめて、うつ病をとりまく日本の状況を冷静に論じていて、これこそ読む価値のある「うつ病本」だと感じた。
以前ここで批判した『うつは薬では治らない』で、上野玲氏は、抗うつ剤SSRIを、製薬会社と医者が金儲けのために結託した薬だと批判していた。
しかし本書で加藤忠史氏は、なぜ精神科医がSSRIを「使わざるを得ない」のかについて、医学的観点から、うつ病をめぐる社会状況まで、明快に説明している。
やはり『うつは薬では治らない』を書いた上野玲氏は、単なる一患者でしかなく、自分の病歴を、勝手にすべてのうつ病患者に当てはめてしまっている、と言わざるを得ない。
日本では「がん」に比べて、精神疾患についての病理学的な研究が進んでいない実情があり、その背後には、研究者数の絶対的不足があるという。
そしてその一因には、何と1960年代の東大紛争の影響が、東京大学精神科に30年にわたって残りつづけていた事実があるというから驚きだ。(詳細は本書をお読み頂きたい)
もちろん国の研究予算配分も原因の一つとのこと。いまや精神疾患は、国民がふつうの社会生活を送れなくなる病気の第一位(「がん」は死因の第一位)となっている。
にもかかわらず、米国のスタンレー・ブレインバンクなどの取り組みと比べると、日本の精神疾患の病理学的研究の予算は、あまりに少なすぎるとのこと。
そうしたさまざまな背景がある結果として、現時点で、うつ病治療にはSSRIが当面の最善策になっている。
そんな中で、上野玲氏のような論客がSSRIを批判すれば、また東大紛争の時代の反精神医学的な思想に逆戻りしてしまう。
つまり、「精神病というものは存在しない。精神病は、弱者を抑圧するために社会が作り出したシステムだ」(本書p.208)という思想だ。
うつ病患者たち自身が精神医学に対して不信感をもち、「うつは薬では治らない」といった反精神医学的なことを主張するからこそ、日本では「うつ病」の病理学的な研究が進まず、ますます臨床現場の精神科医は、現時点のとりあえずの最善策として、SSRIに頼らざるをえなくなる。
社会全体を考えたとき、日本では、このようにうつ病患者自身が、うつ病研究の足を引っ張ってしまっているのだ。
もちろん薬がうつ病治療のすべてではないが、だからと言って、より副作用の多い古い薬にもどったり、薬という選択肢を捨ててしまうのは、ますます日本のうつ病患者の社会復帰を難しくするだけだろう。
加藤忠史の本書『うつ病の脳科学』を読むと、このように日本のうつ病患者が、いわば「自分で自分の首を絞めている」状況も透けて見えてくる。
本書の大半は、脳科学の見地からのうつ病の病因について専門的な内容になっており、最新医学がうつ病に対して、何ができて、何ができないのか、客観的な理解を得られる。
今うつ病で苦しんでいる患者さんにとっても、「自分で自分の首を絞める」ようなことにならないための、必読の書といえる。