宮台真司『民主主義が一度もなかった国・日本』(幻冬舎新書)を読んだ

宮台真司・福山哲郎著『民主主義が一度もなかった国・日本』(幻冬舎新書)を読んだ。

2009年秋の政権交代によって、日本はようやく、全く新しいゲームが始まりつつある国際経済・国際政治に追いつけるチャンスを得た、という主旨の本。
たとえば、鳩山前首相の温暖化ガス25%削減演説や、前原前国交省の八ッ場ダム建設中止を批判する人たちは、すでに国際経済・政治が、新しいルールにもとづくゲームを始めていることを分かっていない、と書いてある。
今さら、「地球温暖化の理由は本当にCO2なの?」と問うて足踏みすることは、日本の国益にとってマイナスにしかならない。すでに国際社会は、温暖化ガス削減という新しいルールによるゲームを始めている。
その中で日本が一定の地位を占めるには、一刻も早く日本の省エネ技術(電気自動車、太陽光発電など)を積極的に輸出産業化する方向へ舵を切らなければいけない、などなど。
宮台真司の主張はいつもどおり明快で、じっくり読み進めると、いちいち納得させられる。
宮台真司の批判の軸は、社会は人間が、ある意図をもって作ったのに、日本人には、現状の社会が絶対うごかせない前提だと思い込むクセがある、という点だ。(難しく言うと「作為の契機の不在」)
ただ、これも宮台真司の書物を読むたびに思うことなのだが、宮台真司がよって立つ社会システム論自体が、社会の中に特権的な「特異点」、つまり、そこさえ変えれば他の全てが変わるという点を認めない。
なので、いざ具体的に日本社会を変えようとすると、(1)宮台真司の議論を理解できる、ごく少数のエリート主導の社会変革か、(2)宮台真司が本書でも何度も「馬鹿マスコミ」と批判しているマスコミを抜本的に改革するか、(3)大人を見限って、教育で子供たちに「作為の契機の不在」やマスコミのデタラメを見抜く力をつけるか、となる。
もちろん、これらすべてを同時並行でやらなければいけないのだが、先日の参院選で見たように、そうしている間にも、日本人は今までの「悪いクセ」で、政権交代たった10か月で民主党に「お灸をすえ」て、ねじれ国会を作ってしまった。
いくら国際社会が新しいゲームをすでに始めていても、日本人はそう簡単に「悪いクセ」を直せない。かといって、時間のかかる民主主義の意思決定プロセスを省くこともできない。
結果、日本はこのまま埋没していく運命にある。
先日の参院選でも、「マスゴミ」の下らない反・子ども手当キャンペーンなどにまどわされず、民主党に投票した無力な一市民として、僕は宮台真司の本を読むたびに、そう考えざるをえない。それが、悲しい。

宮台真司『民主主義が一度もなかった国・日本』(幻冬舎新書)を読んだ」への1件のフィードバック

コメントは停止中です。