渡邊幹彦氏(名古屋大学大学院特任教授)のデタラメな議論:NHK『クローズアップ現代』

今日、2010/07/20放送分NHK『クローズアップ現代』の「“遺伝物質”めぐる世界対立」を見ていて、解説者の名古屋大学大学院特任教授・渡邊幹彦氏の言っていることがムチャクチャだった。

まず、番組で紹介されていた事実をおさえておこう。
鳥インフルエンザのワクチンを作るために、先進諸国の製薬会社は、鳥インフルエンザが実際に発生し、100人以上の死者が出ているインドネシアから、無償でウイルスの提供を受けてきた。
それを使って製造したワクチンを販売し、先進諸国の製薬会社は利益を得るわけだが、ウイルスを無償で提供したインドネシアは、肝心のワクチンが高額すぎて、国内の感染拡大を抑えるのに十分な量の購入ができない。
そこでインドネシアは、鳥インフルエンザのウイルスの無償提供を突然ストップした。そのため先進諸国の製薬会社はワクチンを製造できなくなり、今後、世界各地で鳥インフルエンザが流行したとき、感染拡大を抑えられえないおそれが出てきた。
そこで国際会議が開かれたのだが、先進諸国のと発展途上国の利害が対立したまま決裂した。
発展途上国はインドネシアがウイルス提供をストップしたことを支持し、先進諸国に対して次のような要求を出したのだ。
今後もウイルスを提供して欲しいなら、ウイルスを使用する企業は一定の金額を支払うこと、そして、製造したワクチンなど、医薬品の10%をWHOに寄付し、途上国のために備蓄すること。
以上の事実について、渡邊幹彦氏は『クローズアップ現代』で驚くべき発言をした。
2点に絞って、名古屋大学大学院特任教授・渡邊幹彦氏に反論したい。
(A)まず渡邊幹彦氏の驚くべき発言の1点め。渡邊幹彦氏は、インドネシアがウイルス提供をストップしたのは、倫理的に許されないことだと断定したのだ。その理由は、そんなことをしても「誰も得しないから」。
(B)次に渡邊幹彦氏の驚くべき発言の2点め。渡邊幹彦氏は、ワクチンなど医薬品の10%をWHOに寄付せよというインドネシアの要求について、「番組をご覧のビジネスパーソンの方ならお分かりのとおり、企業の利益なんて10%も出ません。だからインドネシアの言うとおりにすれば、製薬会社はつぶれます」と語ったのだ。
まず(A)から、名古屋大学大学院特任教授・渡邊幹彦氏に反論しよう。
確かにインドネシアがウイルス提供をストップした後のことだけを考えると、「誰も得しない」のは正しい。しかし渡邊幹彦氏は、インドネシアで、すでに鳥インフルエンザによって100人以上の死者が出ている事実を、完全に無視している。
つまり、インドネシアは既に損しているのだ。インドネシアにとってみれば、マイナス地点から議論は始まっているのである。
鳥インフルエンザによって失われた命は取り戻せない。インドネシアは既に埋め合わせることができない損をすることによって、ウイルスを先進諸国の製薬会社に提供している。
したがって、その既に発生してしまっている損失を、ウイルスの無償提供を受けてワクチン販売で利益をあげている先進諸国の製薬会社が、何らかのかたちで補償すべきなのは、倫理的に考えて当然である。
渡邊幹彦氏の意見は、インドネシアの「サンク・コスト」を考慮に入れていない点で、完全に間違っている。
次に(B)についても、名古屋大学大学院特任教授・渡邊幹彦氏に反論してみよう。
インドネシアが先進諸国の製薬会社に求めたのは、ワクチンの10%をWHOに寄付することである。例えば、ある製薬会社が鳥インフルエンザを200億ドル分販売しているとすれば、その10%の20億ドル分を無償でWHOに寄付せよ、ということだ。
ところが渡邊幹彦氏が「企業の利益なんて10%も出ません」と言っているのは、おそらく経常利益率のことだ。製薬会社の個別製品の営業利益率が10%も出ないなどということはありえない。
例えば日本の某製薬会社の平成22年3月期決算短信で、連結業績を見ると、営業利益率は28.7%である。
例えば、ある製薬会社の鳥インフルエンザの売上高が200億ドルで、利益を控えめに見て15%の30億ドルとしよう。
その製薬会社がワクチンの10%をWHOに無償で寄付すると、ワクチンの売上高が180億ドルに減る。寄付の場合、売上原価と販管費がともに固定費となり、170億ドルで変わらないので、利益は10億ドルと、確かに3分の1に減る。しかし、販管費を製品別に売上高比率で配賦している前提でも、やはり利益は出るのだ。
実際に鳥インフルエンザ・ワクチンの損益分岐点が、売上原価までもが固定費となる特殊な条件下であっても、たった10%の売上高の減少で損失が出るほど低ければ、そもそも製薬会社がそんな事業を続けるだろうか。
仮に10%の寄付では損失が出るというなら、先進諸国は寄付の割合を10%から、例えば5%に減らすなど、条件交渉をすればいいだけの話であり、発展途上国の寄付要求そのものがナンセンスだという渡邊幹彦氏の議論は、明らかに偏っている。
結局、名古屋大学大学院特任教授・渡邊幹彦氏の議論は、先進諸国の利益優先という偏った立場からの誤解に満ちた議論であり、傾聴に値しない。
『クローズアップ現代』は、どうして名古屋大学大学院特任教授・渡邊幹彦氏のような人間を解説者に起用したのだろうか。謎だ。