小林慎和氏のツイッターに関するトンデモ記事批判(2)

ツイッター(Twitter)に関する勘違い記事を、また見つけた件について、前半に引き続き、以下の記事について批判的に検討をつづけたい。
小林慎和氏『ツイッターと「ノマドな人」がもたらす変革~目の前の業務をこなすだけでは、世の中で生き抜く力にはならない』(日経ビジネスオンライン 2010/07/01)
■日本人のツイッター利用者に実名が多いというウソ
小林慎和氏はこう書いている。「日本人の多くは匿名でブログを書いている人が多い。それに対して、ツイッターは手軽さゆえに、実名で登録している人が多い」(引用)。
一つ目の文の日本語がややおかしいが、ツイッターは実名登録が多いという点も、仮にそれを認めたとしてその理由が「手軽さ」であるという点も、ともに間違っている。
まずツイッターに実名登録が多いように見えるのは、フォロアーの多い有名なツイッター利用者が実名登録しているため、そのような印象を与えているだけだ。
また、仮にブログよりツイッターの実名登録が多いとしても、その理由は決して「手軽さ」や「批判にさらされることも少ない」からではない。
一つは、ツイッターへの利用者登録の過程で、実名入力が必須だと勘違いした利用者がいること、もう一つは、勝間和代の書物など、マス媒体をうのみにして、ツイッターは実名登録するのが望ましいと信じこんでしまった利用者がいること、もう一つは、自分のつぶやきはフォロアーしか閲覧できないと、いまだに勘違いしている利用者がいること、などだ。
ところで、ツイッターは実名が多いというこの議論も、勝間和代氏の『つながる力』で読んだような気がするのは気のせいだろうか。
■「ノマド」という都市伝説
続いて小林慎和氏は「ノマド」という都市伝説について語り始める。
大学時代、フランス現代思想を研究した僕にとって「ノマド」はおなじみの言葉だが、小林慎和氏は「ノマドな人」について次のように書いている。
「また、ノマドは主に都市部においてルームシェアで生活している場合が多い。ルームシェアされている場所を転々と泊まり歩くノマドも、中にはいる。自分が定住する住処を持つものの、毎日ノマドが集まる様々な場所に出向き、夜な夜な語り明かす人もいる。」
こんな日本人がどこに実在するのか、教えて欲しい。もし小林慎和氏が、欧米の都市の一部にこのような生活をしている人々がいると言いたかったのなら、「欧米の都市では」のひとことを書き漏らしているのは、書き手として極めて基本的なミスだ。
仮に、日本に小林慎和氏の言うような「ノマドな人」が実在したとしても、数えるほどしかいない以上、以下のような議論は単なる妄想にすぎない。
「こうした人々はまだマイノリティかもしれない。しかし、20世紀の革命を起こしたのは、一部のインテリだった。21世紀の革命は、こうしたマイノリティだが多数いる能動的にネットワークツールをフルに活用して動く人々によって起こされるのではないか。」
小林慎和氏は、こうした「ノマドな人」がブログやツイッターを活用して21世紀に革命を起こすと主張するが、ここまで来るとコラムではなくSF小説だ。しかも「革命」の中身について、小林慎和氏は具体的に記述していない。
強いて、それに該当する部分を引用してみよう。
どうやら小林慎和氏の妄想の中には「ノマドハウス」なる、「ノマドな人」が集う場所があるらしい。
そこで会費を徴収して「日本代表サッカーチームを強化する手立て」や、「フリーター、ニート問題」を議論したり、「試食しながら野菜ソムリエ授業」をしたりするのが「21世紀の革命」につながるらしい。
また、発展途上国の窮状をメールマガジンとして月300円で発行したり、「あなたのエッセイ」(=完全に意味不明)を1000文字1000円で書いたりすることが、「21世紀の革命」につながるらしい。
これらは、単なる会社員の副業事例か、ワーキングプアの生活事例にしか読めない。また「21世紀の革命」を起こすのに、「野菜ソムリエ」などとのんきなことをしていていいのか。ツッコミどころは無数にある。
これ以上、小林慎和氏の妄想には付き合っていられない。
■コラム全体の論理的破綻
最後に、小林慎和氏のコラムの締めくくりの一文が、コラム全体を論理的に破綻させている。
「そんな私もまだ駆け出しツイッター。ツイッター上で、様々な議論をしましょう。」
ツイッターは文字数制限のおかげで読者の批判をまぬかれ、「炎上」が起こりにくいというのが小林慎和氏の論旨ではなかったか。にもかかわらず、小林慎和氏は最後の最後に、自分の論旨を裏切っている。
僕が小林慎和氏のコラムにツッコミを入れるのに、ブログを使ってでさえ2回に分ける必要があるのをご覧になれば分かるように、小林慎和氏のコラムについてツイッターでまともな議論をするのは、ほぼ不可能だ。
小林慎和氏のコラムは最後の一文で論理的に破綻して終わっている。
以上、まあツイッターをネタに、よくもこれだけ実質的意味のない文章を書けるものだ。小林慎和氏のSF小説家としての才能に敬服する。こんな絵空事を書いてお給料が頂けるなら、ぜひ野村総研で働かせていただきたい。