小林慎和氏のツイッターに関するトンデモ記事批判(1)

ツイッター(Twitter)に関するトンデモ記事を、また見つけた。
小林慎和氏『ツイッターと「ノマドな人」がもたらす変革~目の前の業務をこなすだけでは、世の中で生き抜く力にはならない』(日経ビジネスオンライン 2010/07/01)
「なぜ、人々はこんなこと(=Twitter)に夢中になるのか」というのが小林慎和氏の問題提起で、斬新な論の展開を期待しつつ読み進めたが、失望に終わった。以下、論点別に指摘していく。
■議論の内容と用語の矛盾
小林慎和氏は「ボランタリーWebユーザー」なる用語を定義している。
まず非本質的な指摘をする。このツイッターに関する記事の中で、小林慎和氏は、日本語が英語より少ない字数でより多くの情報を伝達できる点を肯定的に評価している。ならば「ボランタリーWebユーザー」なる用語はやめて、「自発的Web利用者」にすべきで、氏の議論の内容と氏の創り出した用語は矛盾している。
■ハッシュタグの利用実態の認識の誤り
さらに小林慎和氏は「自発的Web利用者」を、「クリエイター(創造者)」「エディター(編集者)」「バリュア(判定者)」の3つに分類している。カッコ内の日本語は僕が勝手につけた翻訳で、小林慎和氏の創案ではない。
小林慎和氏は「編集者」の特定として、新たなハッシュタグ(#)を創造することを上げている。
しかしツイッター(Twitter)上で、少なくとも日本人利用者の使うハッシュタグが、既に2ちゃんねる等の掲示板の「荒らし」同様の無秩序状態に陥っており、情報整理に役立たないことは周知の事実だ。
■中国語の方が1文字あたり情報量がはるかに多い
これも小林慎和氏の議論の本筋とは無関係な指摘だが、日本語より中国語の方が140文字で伝達できる情報量は圧倒的に多い。
中国大陸から公式にはツイッター利用はブロックされているが「翻牆」という、一種のソフトウェアVPN技術でツイッターを利用している中国大陸のネットユーザは、少数だが存在する。
また中国大陸には「新浪微博」など、ツイッター同等のマイクロブログが存在し、人気のユーザーは170万人ものフォロアーを獲得するなど、日本人のツイッター利用とは比較にならないほど規模が大きく、認証アカウント制も既に導入されている。
小林慎和氏が中国大陸のマイクロブログ事情に、全くふれない理由が、僕にはよくわからない。
■ツイッターでも炎上は起こっている
小林慎和氏は、日本人がブログを書く事を敬遠するようになったことを自明の事実とし、その主な理由が「炎上」だとしている。ツイッターは文字数の少なさゆえに「炎上」のような「無節操な批判は少なくなり、より多くの人が気軽につぶやくようになる」(引用)とのこと。
しかし、ツイッターでも実際に「炎上」は起こっている。例えば最近では、エイベックス社長のツイッターが東方神起の解散の件で炎上した。少し前には「非実在青少年」問題でも「炎上」が起こった。「炎上」が起こる可能性は、ブログもツイッターも同じだ。
かつ、ブログならコメント欄を閉じることで、ツイッターなら特定ユーザーをブロックすることで、簡単に「炎上」を防止できる。むしろツイッターは、ユーザーを個々にブロックしていく必要がある点で、「炎上」を防止しづらいとさえ言える。
また、中川翔子など、ブログをすでにツイッターのように利用していたブロガーが存在したことは周知のとおりだ。
仮にツイッターがブログより「炎上」しにくいことを認めるなら、その理由は文字数(=量)ではなく、つぶやきの内容(=質)だ。
日本人のツイッター利用者は、ツイッターというものは日常生活の些細なことをつぶやくものだと、まさに小林慎和氏のコラムも含む、各種マス媒体に教育されている。
日本人のメディア・リテラシーは低く、IT音痴が多いので、特に新しい情報技術については、マス媒体の情報を鵜呑みにする傾向がある。小林慎和氏も、梅田望夫氏と同様、その情報格差でサヤ取りをしている書き手の一人だ。
熱狂的な東方神起ファンが、エイベックス社長のツイッターを炎上させたのは、東方神起の解散について、マス媒体の教育に反し、まじめに議論してしまったからだ。
要は、「道具は使いよう」という簡単なことだ。同じツイッターという道具を使っても、使う側の意識によって、些細なことをつぶやくだけの道具にもなるし、白熱した議論で「炎上」を引き起こす道具にもなる。
ツイッターが本質的に「炎上」しにくい道具だ、という小林慎和氏の議論は間違っている。
ところで、この小林慎和氏の議論は、勝間和代氏の『つながる力』ですでに読んだような気がするのは気のせいだろうか。
(つづく)