ツイッターに見る日本語、中国語、英語の文化的差異

中国大陸のalanファンが「翻牆」という、おそらくVPNクライアントを使う技術で、中国の検閲をすり抜けてツイッターに入ってきている。
個人的に中国のマイクロブログ「新浪微博」も毎日使っていて思うのだが、同じ140文字でも、英語と日本語と中国語では、表現できる情報量が全く違う。もちろん、英語<日本語<<中国語だ。たぶんドイツ語では、英語よりももっと伝達できる情報量が減るのではないか。
なので、マイクロブログと言いつつ、英語では、いくら「you」を「u」にするなど省略形を多用しても、本当に「いま何してる」程度のことしかつぶやけないだろう。
それに対して、日本語ではそこそこ、まとまった内容の文章が書け、中国語ではきっちりした文章が書けてしまう。
なので「新浪微博」にはツイッターのように「What’s happening?」とは書いていない。
「有什么新鲜事想告诉大家?(何かみんなに伝えたい新しい事はある?)」と書いてあり、かつ、中華圏のスターのつぶやきを見ていると、短いエッセーのような、かなり「読ませる」ものが少なくない。
個人的に、趣味でアンジェラベイビーの中国語「新浪微博」を自分のツイッターアカウントで翻訳しているのだが、中国語で100文字以上使われてしまうと、まず日本語で140文字以内の逐語訳は不可能。どうしても内容を削らないといけない。
たぶん、同じようなマイクロブログ・サービスを使っていても、英語圏、日本語圏、中国語圏では、その使われ方と情報伝達量がかなり違ってきているに違いない。
情報基盤には国際標準があっても、その上でやり取りされる情報の質と量には、言語によって大きな差が生まれるに違いない。
文化的差異の観点からマイクロブログを研究すると、地域文化論的に面白いかもしれない。当然、僕はやる気力はないので、誰がやって~。
いずれにせよ、勝間和代のように「名誉白人」感覚で、日米同盟の範囲内だけでマイクロブログを論じるのは、完全に手落ちであることには違いない。
また、日本人どうしのツイッターが、いかにも日本人的な、無数の小さな排他的共同体を形成しつつあることにも違いはない。日本人にとってのツイッターは「つながる力」ではなく「分断する力」である。