口蹄疫問題:赤松大臣や農水省批判の誤りを検証する

今回の口蹄疫について、マスコミは農水省の初動が遅かったとし、赤松農林水産大臣を徹底批判しているが、これが明らかな誤りであることを検証してみる。
【口蹄疫の疑いのある家畜の発見から、ウイルス確認までの所要日数】
●10年前、口蹄疫の疑いのある疑似家畜の発見は2000/03/12(宮崎市富吉)。
 「2000年(平成12年)の我が国における発生[1]」(農水省HP)
●2000/03/22から農水省で実施したELISA検査及びCF検査、03/23から実施した血清検査、PCR検査では、口蹄疫ウイルスと断定できず。
 (※上記資料1ページ参照)
●2000/04/04になり、英国家畜衛生研究所によってようやく口蹄疫ウイルスと確認。
 (※上記資料19ページ参照)
⇒疑似家畜発見からウイルス確認までの所要日数24日
○今回、2010/04/09に都農町の農家が通報するも、獣医師が口蹄疫でないと判断。
 「『普段の下痢』…宮崎県が口蹄疫発生見逃し」(読売新聞HP)
○2010/04/20、同農家の牛につき農水省がPCR検査で口蹄疫ウイルスを確認。
 即日、農水省に防疫対策本部を設置。
⇒疑似家畜発見からウイルス確認までの所要日数12日
つまりウイルス確認までの所要日数は、今回、半分に短縮された。
【疑似家畜発見から、農水省に防疫対策本部が設置されるまでの日数】
●10年前、防疫対策本部の設置は2000/03/25。
⇒疑似家畜発見から14日目
 (※上記資料1ページ参照)
○今回、防疫対策本部の設置は2010/04/20。
⇒疑似家畜発見から12日目
つまり防疫対策本部の設置は、10年前と大差ない。
【疑似家畜発見から、殺処分開始までの日数】
●10年前、口蹄疫ウイルス確認前の2000/03/26に、1例目の牛を殺処分。
⇒疑似家畜発見から15日目
 (※上記資料5ページ参照)
○今回、口蹄疫ウイルス確認後の2010/04/21に、1例目の牛を殺処分。
 「宮崎県における口蹄疫の発生事例の防疫措置の状況」(農水省HP)
⇒疑似家畜発見から14日目
つまり殺処分開始までの日数も、10年前と大差ない。
以上、今回、赤松大臣や農水省を批判している人たちは、いったい何を根拠に「初動が遅かった」と言っているのだろうか。
なお、今回の口蹄疫が爆発的な感染となったのは、10年前と異なり豚に感染してしまったからだ。
豚は牛の1,000倍の感染力を持つため、上記「宮崎県における口蹄疫の発生事例の防疫措置の状況」をご覧になると分かるように、2010/04/28の10例目以降、川南町の豚の感染が爆発的に増加している。
つまり、今回の口蹄疫が10年前より猛烈な拡大を見せた主因は、川南町のなかで、運悪く豚に感染したことであり、農水省の初動が遅れたことではない。
まして今回は、3月末の段階で宮崎県家畜保健衛生所が、水牛飼育農家から連絡を受けた水牛を誤診し、農水省へも報告しなかった。仮にこのとき、宮崎県家畜保健衛生所が農水省に報告していれば、今回の農水省の初動はもっと早くできたはずだ。
以上のことから、今回の口蹄疫の拡大を、農水省の初動が遅かったことが主因だとする意見が、完全に誤りであることがわかる。
青山繁晴氏のように、赤松大臣を声を荒らげて非難することには、あまり意味がない。
上記「宮崎県における口蹄疫の発生事例の防疫措置の状況」をご覧になると分かるように、たしかに赤松大臣の外遊は頂けないが、その間も農水省は既定の法制度にもとづいて、粛々と殺処分を進めている。
今回の口蹄疫で、拡大につながる人為的ミスがあったとすれば、3月末に宮崎県家畜保健衛生所が水牛の口蹄疫を見逃し、かつ、農水省に報告しなかったことである。非難するとすればむしろこの点だ。
そして10年前と決定的に状況を変えたのは、川南町の中で牛から豚へ感染したことであり、これは誰の責任でもない。ただ「不運」と言うしかないことではないか。
今回の口蹄疫を民主党批判の「政争の具」にしている人たちは放っておいて、「宮崎口蹄疫被害支援ツイッター募金」でもしよう。