ツイッター(Twitter)は所詮2ちゃんねる並みのヒマつぶしツール

ツイッターを始めて1か月になるが、僕がツイッターを始めたきっかけは、日経ビジネスオンラインの伊東乾氏のコラムだった。
そのコラムはツイッターを手放しで称賛する単なる理想論に読め、梅田望夫的「名誉白人」楽天主義を感じたので、この際、ツイッター上で偽悪的にふるまって2ちゃん並に「荒らし」てやろうと、ツイッターを始めた。
ところがネットレイティングスの最新の調査によると、Twitterの訪問者数は2010年2月から3月だけでも190万人と急増している。おそらくこれを書いている2010年5月中旬にはmixiに迫る勢いと思われる。
「mixi」の訪問者数が1,000万人を突破、Twitterも急成長を維持
で、非実在青少年や柴田淳のハッシュタグを使ってつぶやいて、罵倒されたら、相手のフォローをブロックした状態で徹底的に反撃したり、エイベックスの中国人女性歌手alanの国境を越えたファンたちの「つぶやき」をフォローしたりするうちに、もう分かってしまった。
少なくとも日本人利用者に限っていえば、ツイッターはすでに2ちゃんねる並の、お下劣な掲示板に成り下がっている。
例えば、ハッシュタグをミクシィのコミュニティーのような、拘束力があるものと勘違いして、「柴田淳ハッシュタグ(#shibatajun)を使うな」と、いきなり見当違いなつぶやきをしてくる柴田淳ファンがいた。
あるいは、もうこわくて見られないのだが、BSジャパン『デキビジ』で、勝間和代氏がひろゆき氏との対談で「だめだこれ」発言の大失態をしでかした件。勝間和代ハッシュタグ(#katsuma)へのつぶやきは、2ちゃんねる以上に荒れたに違いない。
これらは、当然といえば当然。ツイッターは単なる情報の「いれもの」。そこにどんなつぶやきを投げこむかは、利用者しだい。情報の質を決めるのは、利用者の質だ。
昨日も、中華圏や韓国の歌手が、J-POPをカバーしたりパクリっているのを探し回って、わざわざYouTube動画のリンクまで付けてつぶやいている、偽善者がいた。
驚いたことに肩書きがミュージック・ライター。彼は正義のつもりだろうが、せいぜい他人の悪口を書き連ねて、自分のミュージック・ライターとしての評価を落とすといい。
僕自身も含めて、「ヒトカラなう」だの、見たくもない写真付きの飲み会中継の「××××なう」だの、まあ、つぶやきの9割は単なるゴミだ。
また、僕を新たにフォローしてくるツイッター利用者の半分以上が、FXで儲ける方法や、いかがわしい開運指南のPR目的。もちろん即、ブロックである。
こんなツイッターが、人間の善意を引き出し、人と人とをつなげる力を持つ、新しいかたちのメディアだなどと、勝間和代はよく恥ずかしげもなく書けたものだ。(勝間和代・広瀬香美の共著『つながる力』参照)
日本人利用者に限って言えば、ツイッターの評価は、「ヒマ人のためのヒマつぶしツール」で十分。それ以上に無理にツイッターを称賛する必要性は全くない。
僕自身もヒマ人の一人なので、これからもヒマつぶしのためにツイッターを使い続けるつもりだ。
日本人利用者は、下らないことをつぶやき続けることで、集団でツイッターの情報の質をわざわざ落としてくれているので、頭を使わないヒマつぶしには最適のツールだろう。
というか、僕の言いたいことは小田嶋大先生が書いてくれているので、こちらをどうぞ。
『伝書鳩がつぶやくのは、誰のメッセージなのだろう』(日経ビジネスオンライン・小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」連載より)