勝間和代とひろゆき氏のBSジャパン対談:勝間和代の救いようのなさ

勝間和代とひろゆき氏のBSジャパン『デキビジ』での対談の文字起こしを読んだ。
「デキビジ 勝間和代 VS ひろゆき を文字におこしてみる」
※ゲストに頭を下げさせる勝間和代の図。

※YouTube側が削除されたときのためにyoukuも埋め込んでおく。やはりどう読んでも、勝間和代の議論はおかしい。「議論」というものがなぜ成立するのか、その要件を理解していないからだ。
他者との議論が成立するのは、世の中に絶対的に正しい意見などなく、あらゆる意見に反論の可能性が開かれており、自分の意見も誤っている可能性がある、という大前提があるからだ。
しかし勝間和代は、対談の中で、それぞれの話題について、日本社会に関する自分の現状認識が無条件に正しいという前提で、ひろゆき氏との議論を始めている。
しかも、ひろゆき氏の異論を理解しようとせず、一方的にひろゆき氏を自分の意見に賛同させる努力しかしていない。これは「議論」ではなく「啓蒙」である。
勝間和代は、最初からひろゆき氏を「啓蒙」すべき人物、自分よりも下等な人間だと見なして対面しているようにしか読めない。
さらに、相手を見下して「啓蒙」しようとしているのは自分だけなのに、対談の最後で勝間和代は、ひろゆき氏も同じことをやっていると非難している。
勝間:「でもその(=ひろゆき氏の)質問の仕方が明らかに、『僕の言っていることは正しいけれども、あなたの言っていることは間違っている』みたいなこういう(ジェスチャーで上から下へ)ように聞こえるようなニュアンスの質問をお互いにしちゃってるんですよね。」
この勝間和代の指摘は完全な誤りだが、ひろゆき氏は、勝間和代にそう指摘されたことを甘受するだけの謙虚さを持っている。
ひろゆき氏:「お互いにしているってことは、じゃあ勝間さんも実は僕と同じタイプってことですか?」
勝間和代のスタイルは、持論を無条件に正しいとして示し、他者の感想だけ聞いて自己満足する「啓蒙」スタイルであり、対等な「議論」になっていない。
他者の異論を聞くことで、自分の意見が本当に正しいか検証し(=相対化し)、それによって初めて、自分の意見がより強固なものになる。これが本来的な「議論」のスタイルだ。(「弁証法的な」と言ってもいい)
勝間和代の救いようのなさは、彼女自身が自分の誤りに気付いていない点にある。きっと彼女は反論するだろう。「そんなことはない、私は他者の意見に謙虚に耳を傾けている」と。
しかし、文字起こしを読むと動かぬ証拠が見つかる。それは、勝間和代がひろゆき氏のような、彼女に根本的な異議を唱える人物に対して、過剰なまでに防衛的になっている事実だ。
どれくらい防衛的かというと、「防衛的なのはあなたの方だ」というふうに、自身の過剰防衛を、無意識のうちに相手に投影してしまうほどである。ここまで来ると、やや病的でさえある。
勝間:「何か言ったときに対して、すごくそのひろゆきさん防衛してそれに対して反撃する、しかもそれを見下すような反撃なんですよ。」
この部分までの議論を読むと、勝間和代が持論を防衛するために、ありとあらゆる手を使っていることがわかる。
例えば、ネット上の匿名性を論じているのに、突然、名刺の話を持ち出すなど、全く的はずれな例示をしたり、カタカナ専門用語を乱用したり、統計数字を引用したり、「写像」などの難解な用語をわざと使って相手を混乱させる等々、ひろゆき氏の異論から持論を守るのに、あらゆる手段を駆使している。
読んでいて、逆に勝間和代が痛々しく見えるほど、過剰な防衛ぶりだ。
ひろゆき氏の議論のスタイルは正反対で、あらゆる意見が相対的でしかないという、「議論」の本来的な前提を出発点にしている。
したがって、勝間和代のように過剰な防衛をする必要もなく、彼女の意見に対しても、そのつど楽々と反論の余地を指摘している。
ひろゆき氏は、勝間和代の持論の内容に反論しているというより、彼女の「啓蒙」スタイルに対して、それでは「議論」にならないからおかしい、と言っているのだ。
ところが勝間和代は、最初から最後まで、持論の内容に反論されていると勘違いしている。彼女が終始いら立っているようなのは、この勘違いのせいだ。そして彼女自身、この勘違いに気付いていない。
もちろん勝間和代が、持論を絶対に正しいと主張するのは自由だ。そして、いわゆるカツマーたちが、勝間和代を無条件に正しいと崇拝するのも自由だ。
ただ、そういった「カツマー・コミュニティー」内部では、勝間和代は持論の正しさを検証する「議論」のチャンスをみすみす逃しており、ただ「啓蒙」しかできない。
勝間和代はおそらく「啓蒙」スタイルの対話に、無意識のうちに慣れてしまっている。なので、勝間和代に根本的な反論ができる知的水準の高い人間(ひろゆき氏や香山リカなど)とは、対等な「議論」ができない。
勝間和代は、せいぜい、あまり知的水準の高くない、あるいは、知的水準の高くない演技ができるタレントたちを相手に、倹約生活の指南をする程度がよいのではないか。

勝間和代とひろゆき氏のBSジャパン対談:勝間和代の救いようのなさ」への1件のフィードバック

  1. 格闘する21世紀アポリア

    2ch × 勝間和代 = 最強? 〜勝間和代・都市伝説〜 【後編】

     勝間和代の”価値観”は、その著書に如実に現れている。
     例えば「勝間和代のインディペンデントな生き方」(ディスカヴァー携書)を見てみよう。本人曰く、この著書は彼女の原点、彼女の著作のエッセンスが網羅されているという。彼女を知るうえでは最適な1冊と言えるだろう。
    《この本のキーワードは「インディ」、すなわち「インディペンデント」「自立」です。
    では、インディペンデントな生き方とは、具体的にどんなものなのか?
     1 年収六百万以上を稼ぎ、
     2 自慢できるパートナーがいて、
     3 年をとるほど、…

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