鬼束ちひろ『ONE OF PILLARS』レビュー(1):「惑星の森」が与える洗礼名は関係性

鬼束ちひろのベストアルバム『ONE OF PILLARS』(2010/04/28発売)を近所のSOUND 1stでフラゲ(=フライングでゲット)した。豪華28ページ歌詞カード付き。

過去にも鬼束ちひろのベストアルバムは発売されているが、いずれも本人は関与していないので、この『ONE OF PILLARS』は本人が制作に関与した初めてのベストアルバムだ。
一曲目の『月光』から通して聴いてみると、不思議と「ああ、鬼束ちひろはこういうベストが作りたかったんだ」と納得させられる流れになっている。
ほぼ発売順に並んでいる曲と、シングルの発売順を見比べると、落とされたのは以下の6曲。
1stシングル『シャイン』
3rdシングル『Cage』
8thシングル『Beautiful Fighter』
9thシングル『いい日旅立ち、西へ』
11thシングル『育つ雑草』
13thシングル『僕等 バラ色の日々』
逆に追加されたアルバム曲は『King Of Solitude』と『Rainman (LAS VEGAS version)』。これに新曲『惑星の森』が追加されて、全14曲(75分47秒)となっている。
『僕等 バラ色の日々』は、CDの収録時間の制限からカットせざるを得なかったのではないか。それくらい、この『ONE OF PILLARS』で落とされたシングル曲が落とされた理由は明白で、このアルバムを通して聴くと妙に納得させられるのだ。
例えば、『シャイン』を歌うには、鬼束ちひろはもう大人になりすぎている。
『Cage』は、『Castle・Imitation』を典型とする、もう鬼束ちひろが歌えないシュール過ぎる歌詞の曲の一つ。「シュール過ぎる」というのを言い換えると、作詞家としての作為や構成意図のない、ただ天から降りてくるがままに書きなぐった「自動書記」的な歌詞ということになる。
『Beautiful Fighter』は、気まぐれに、実験的に書いたロック。『いい日旅立ち、西へ』は、タイアップで歌わされたカバー曲に過ぎない。『育つ雑草』は重要な曲だが、もう鬼束ちひろが二度と戻らなくてよいマイルストーンだ。
逆に、追加された2曲のうち、『King Of Solitude』は、クリスマスの寒い夜だからこそ、人と人とのつながりの温もりが伝わる曲。『Rainman』も、短く言えば「こんな私に何故あなたはそんなに優しいの?」と、他者の愛を素直に受け入れられないもどかしさが伝わる曲。
そして唯一の新曲『惑星の森』は、パイプオルガン風の打ち込みサウンドに始まり、西川進の控え目だが印象的なギター・サウンドを駆使した、坂本昌之の繊細なアレンジによる、とてもとても優しいバラードだ。
このベストアルバムの中で『X』だけがハードなオルタナティブで、曲調が全く異質だが、西川進のギター・サウンドの流れを追うと、『X』に『惑星の森』が続いているのが不思議と自然に聞こえる。
ちなみに『惑星の森』から、これも滑らかに始まる『帰り路をなくして』は、アルバム『DOROTHY』のストリングスの前奏があるバージョンではなく、ギターのアルペジオでいきなり始まるシングル・バージョンである。
アルバム全体を通して聴くと、唯一の新曲『惑星の森』は決して主張の強い曲ではない。むしろ全体の流れの中で、ふと気づくとそこにいた、とでも言いたいほど、優しく美しい佳曲だ。
その結果、このベストアルバムは、新曲の『惑星の森』だけダウンロードしておけばいい、と言うだけでは簡単に片付けられない作品になっている。
この『惑星の森』一曲が加わることで、他のすべての曲が『月光』から『陽炎』にいたるまで、大きな一つの新しい物語として語り直されているからだ。
つまり、すべての曲は、それ自身、単独で存在しているのではない。
収録アルバムの曲順だったり、各曲が発売された当時の聴衆だったり、作詞・作曲した当時の鬼束ちひろ自身だったり、さまざまなものとのつながりにおいて存在している。
これが正しいとすれば、この『ONE OF PILLARS』というベストアルバムには、鬼束ちひろ自身が、過去に自分が書いた曲たちに、もう一度、全く新しいつながりの中で、新しい生命を与えたいという意思がある。
一つひとつの存在は、他の存在とのつながりにおいて、初めて新たに意味や生命を与えられる可能性が生まれる。やや抽象的だが、それこそが『ONE OF PILLARS』というこのベストアルバムに与えられた洗礼名の意味ではないだろうか。
※つづきの記事
「鬼束ちひろ『ONE OF PILLARS』レビュー(2):意外に素朴なアイデンティティー宣言」
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「鬼束ちひろ『ONE OF PILLARS』の選曲にこめられたメッセージ」
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