ある中国人学生との逸話

一昨年あたりから、中国語の勉強のために、Skypeで大陸に住んでいる中国人と中国語でチャットを始めた。
その中で、最も頻繁にチャットをしていたのが、同じ大学に通う2人の女子大学生で、ある日、2人とも一年間の期限で日本に研修に来る試験に合格したと、チャットで知らせてきた。2008年秋のことだ。
僕はヘンな業者につかまっているのではと心配になり、彼女たちも多少不安がっていたようなので、仲介業者のホームページを教えてもらった。
ネットで調べると、日本旅行の関連会社だと分かったので、一応安心してそのことを伝え、激励の返事をした。
しばらくチャットが途絶え、久しぶりに彼女がSkypeに入ってきたら、いつの間にか来日しており、東京で数週間の日本語研修を受けているという。
その語学研修が終わったら、実際に仕事をする場所へ派遣されるのだが、場所はまだ分からないとのこと。僕は正直、少し不安だった。
またしばらくチャットが途絶え、彼女が再びSkypeに現れた。研修先からで、浜名湖畔にあるホテルへ住み込みの従業員として派遣されたのだという。
ホテル名を教えてもらい、ネットで調べると、浜名湖畔でも宿泊料が高い部類の立派なホテルで、僕はようやく安心した。
休日はほとんどなく、ベッドメイキングや、宴会場へ食事を運ぶなどの肉体労働が主で、かなり疲れるとのこと。それでも、宿舎ではパソコンをつなげばネットが自由に使えるし、ホテルからスーツの制服が支給され、食事も付いており、浜名湖畔で環境も良いし、生活はなかなか快適とのこと。
しかし、年長の日本人の仲居さんたちが、中国人に対する差別を持っていて、言葉でいじめてくるが嫌だと言っていた。彼女たちは日本語の罵り言葉も理解できるのだ。
その後もたまにSkypeでチャットをし、昼休みならホテルを抜けられるので、日本にいる間にぜひ2人に会いに来て欲しいと言われた。
僕も、連休を利用すれば何とか会いに行けるかもしれないと返事をしたものの、自動車の免許を持っていない僕にとって、浜名湖畔というのは、そう気軽に出かけられる場所ではない。浜松駅から路線バスを使ってもかなり遠い。
昼休みにしか会えないとなると、朝一番の新幹線でも間に合わないので、浜名湖近辺に前泊しなければならず、往復の新幹線代も考えると数万円かかる。
そんなことを口実にして、昨年の黄金週間も過ぎ、Skypeもいつしか途絶えた。
夏には僕の方が、とある病気をしてしまったので、お盆休みに遠出することもできなくなり、そのまま連絡がなくなった。
すると、何と昨年12月に彼女の1人から中国語でメールが届き、無事中国に帰国しましたと書いてきたのだ。
日本での一年間はとても苦労しましたが、とても充実してもいました。お会いできなかったのは残念ですが、将来、仕事で日本に行く機会もあるでしょう。いま日本語で卒業論文を書いているところなので、意見を聞かせてくださいと、論文が添付してあった。
会いに行く約束を破ったことを償う良い機会だと思い、マイクロソフト・ワード形式で添付されていた論文に、注釈機能を使って、逐一、日本語のおかしいところ、論旨が不明確なところを中国語で指摘し、返信してあげた。
中国人は日本人と違って、こういうときは遠慮なく、はっきり僕の見解を書いた方が良いと思ったので、そのようにした。
ちなみに彼女の論文のテーマは、驚くなかれ、三島由紀夫の『豊饒の海』における日本人の死生観である。日本人の僕でさえ読んだことがない長編小説を、彼女は日本語で読んでいた。しかも右翼思想家である三島由紀夫の小説を。
その後のメールで、僕は彼女に日本人として謝らずにはいられなかった。
日本語で三島由紀夫の死生観を論じることができるほど、知的水準の高い人であっても、中国人だというだけで差別をする日本人がいる。そのことを、日本人として申し訳なく思うと、中国語で書いた。
彼女は、日本人が全員、あの仲居さんのように中国人を差別する人だとは決して思っていない。あなたのように親切な人がたくさんいることを知っていますと、返信してきた。
またしばらくメールも途絶えていたが、先月末、突然、その論文を添削してあげた彼女から、今度は日本語でメールが届いた。無事、中国で就職が決まったのだという。
中国の大学の卒業時期や就職事情をよく知らないが、すでにアパレル関係の会社で仕事を始めているらしい。
「社会人としてまだまだですね」と書いてあったが、明らかに充実した生活をうかがわせる文面で、僕は安心した。
そして、昨日、またメールがあり、珍しく弱気な内容。
夜中の2時に目が覚めて、突然自分の存在感を失い、人生の意義について懐疑的になった。わけもわからず泣き出してしまい、そのまま眠った。朝起きてもまだ怖くて、ぼんやりしている。自分の努力が正しいのか、突然自分が小さく、無能に感じられる。決して弱い人間ではないのに、こういう精神状態をどう調節すればよいのか分からない、とのこと。
僕は励ましの言葉を中国語と日本語まじりで返信した。
彼女自身はまだ少し混乱しているかもしれないが、僕は心配していない。何故なら彼女は自分の状況を客観的に描写し、僕に伝えることができているからだ。
彼女くらいの若さで、しかも社会に出て働き始めたばかりなら、将来への不安や無力感を感じるのはむしろ当然である。
そのことを客観的に把握できている限り、僕は何も心配することはないと思っている。
多分しばらくしたら、元気に仕事を頑張っていますというメールが来るだろうと確信している。
若い彼女には未来があるし、彼女の住んでいる中華人民共和国という国にも、紆余曲折はあろうが、やはり未来の大きな発展が待っている。何も心配することなく、彼女は自信をもって、今のアパレル会社で日本語力を生かした仕事を続ければよいのだ。
たまには、こういうエピソード的な記事もいいでしょ。全て実話ですよ。