日弁連まで特定表現物の単純所持禁止方針を出す恐ろしい国

Yahoo!ニュースの「児童ポルノ問題」によると、日弁連までが児童ポルノの単純所持を禁止すべきだとの意見書をまとめたらしい。
僕も見たことがあるので児童ポルノで描写されている性的虐待は、たしかに「おぞましい」という形容にふさわしいものがある。
ただ、以前も書いたのだが、なぜ「おぞましい」表現物のうち、児童ポルノだけがやり玉にあげられるのか、まったく分からないのだ。
僕は恐怖映画がぜんぜんダメで、スプラッタームービーなど論外なのだ。ああいう表現物も、見るだけで吐き気がしてくるほど「おぞましい」ものが山ほどある。
児童ポルノの性的虐待描写がおぞましいという理由で、単純所持を規制するなら、スプラッタームービーも当然、単純所持を規制すべきだろう。
また、よくある「世界の衝撃映像集」みたいなDVDも、現実に人間が戦争で殺されたり、事故で死んだりする場面がノーカットで収録されているものがある。あの手の表現物も、当然、単純所持を禁止すべきだ。
また、今回の日弁連の方針転換が、「非実在青少年」の議論も含む、つまり漫画やアニメも含むものなら、当然、ゲームも単純所持の禁止に含まれる。
機関銃を撃ちまくって敵兵を次々に殺害し、敵兵が血を吹き出しながら死んでいくゲームが「おぞましく」なくて、児童の性的虐待シーンが「おぞましい」という理屈は通らない。
武器が機関銃であろうが刀剣であろうが同じことで、人間が血を吹き出して次々に倒れていくようなゲームが、児童の性的虐待シーンと比較して、より軽微で害がない、などという議論は、単なる個人の感想で、客観的な理論でも何でもない。
…というように、表現物をどれだけ「おぞましい」とか「残酷だ」とか「ひどい」と思うかどうかは、純粋に見る側の主観の問題で、そこに客観的な基準を定義することは本質的に不可能だ。
それは、今議論されている東京都の青少年健全育成条例の「非実在青少年」の議論を見てもわかる。はじめから不可能だとわかっている、客観的な線引きを、税金を使って大の大人たちが、一生懸命議論するというバカらしさ。
単純所持を禁止するなら、児童ポルノに限らず、スプラッタームービーや戦闘ゲームも、すべてまとめて禁止すべきだ。その代わり、これをやった場合、日本国民は憲法で保証されてきた表現の自由を捨てることになる。
客観的な線引きができないなら、少なくとも単純所持は禁止すべきでなく、ゾーニング(=R指定などの現行制度)にとどめ、あとは消費者自身の自主的な判断と良識に任せるべきだ。
本来、国家権力に対抗して、表現者の表現の自由を弁護すべき日弁連までが、特定の表現物について、単純所持の禁止の方針を出すとは、日本はいよいよ恐ろしい国になってきた。
いったんこの一線を踏み越えてしまえば、北朝鮮のような全体主義国家までの道のりは、それほど遠くない。

“日弁連まで特定表現物の単純所持禁止方針を出す恐ろしい国” への1件の返信

  1. 日弁連よお前もか

     九条小夜子(以下九) 日本弁護士連合会が児童ポルノの単純所持禁止に賛成する方針になり、それを書いた意見書を23日に各政党や政府に提出…