世間はなぜツイッターに「本人性」や「実名性」を求めるの?

読売新聞に「ツイッター界、ニセ首相騒動も…認証追いつかず」という記事があった。
ツイッターについて、つぶやいているのが本人なのかどうか、よく話題になるが、僕にはその理由がよく分からない。
例えば、人名を冠したブログやウェブサイトも、本人が発信している保証は全くない。昔の小泉元首相のメールマガジンだって、本当に当時の小泉首相が発信していたという保証はどこにもない。
ただ、例えば歌手なら、ブログやウェブサイトの下のほうに、レコード会社のクレジットが入っていれば、何となく本人、あるいは、そのスタッフが発信しているのだと信用して閲覧しているだけだ。
とくに、政治家や芸能人などの著名人が、インターネット上で発信する情報の「本人性」の保証については、その程度のいい加減な信用で成り立っていて、僕らインターネット利用者はそれほど困っていない。
むしろインターネット上の「詐称」で実害があるのは、もっともらしい企業名でウェブサイトを作って、一般人から投資を募るとか、実在の人物のふりをしてコンサート・チケットの代金をだまし取るなど、有名人ではなく、無名人の「オレオレ詐欺」に近いものだ。
ブログやウェブサイトで大きな問題にならない「本人性」や「実名性」の問題が、なぜツイッターについてだけ、これほどうるさく言われるのだろうか。
たぶん、理由はかんたんなことだ。
ツイッターを取り上げるマスメディアや、勝間和代のような評論家・著名人たちが、あたかもツイッターは「本人性」が保証された媒体であるかのような、根拠のない情報を流し続けてきたことである。
ツイッターは匿名の情報発信がほぼ不可能であり、「本人性」が保証されているといった主張には、まったく根拠がなく、根も葉もないウワサの域を出ない。
これは当然のことで、ツイッターといえども、技術的な仕組みは、ブログやウェブサイトを大差ないからだ。
ウェブサーバーという大型コンピュータ群に、利用者が自分で利用登録をして、情報を書き込む。とくに本人であることを確認する手続はない。
ツイッターだけに、本人であることを確認する認証システムが存在するとか、そういった事実は、2010/03/19時点でまったく存在しない。
なので、いったい誰が、なぜ、何のために、ツイッターは「本人性」や「実名性」が保証されている情報発信手段だ、というデマを流しはじめたのか、僕にはよく分からないのだ。
冒頭にあげた読売新聞の記事も、このデマを暗黙の前提として、はじめて成り立つ記事である。
そもそもツイッターが「本人性」が保証された媒体ではないのだから、この記事にある「(ツイッターの)課題は本人認証」だという問題提起も、お門違いということになる。
ツイッターに限らず、インターネット上の「なりすまし」や「詐称」をなくす手段は、ツイッターやブログなど、個々のサービスにユーザー登録するたびに、銀行口座を開くときと同等の本人確認をするくらいしかないだろう。
しかし、例えばツイッターの運営会社がそんなことをやっていたら、本人確認だけで膨大な事務処理の手間がかかり、とても無料でサービスの提供などできなくなるだろう。
ツイッターにせよ、ブログにせよ、ウェブサイト(ホームページ)にせよ、本人確認の手間を省き、利用を始めるときの敷居を下げることで、運営コストも下げ、多くは無料で使えるようになっている。
だからこそ利用者数が短期間で増え、広告収入や、一部の利用者への課金だけで事業として成り立つ。
こんなこと常識だと思うのだが、なぜツイッターだけに、やたらと「本人性」「実名性」が求められるような議論がまかり通っているのか、その理由がさっぱり分からない。
誰かツイッターと、ブログやウェブサイトとの間に、「本人性」「匿名性」などの点で、本質的な違いがあるなら、それを教えてくれないだろうか。