小沢一郎を有罪にできるのは裁判所だけ

小沢一郎を勝手に有罪にしている人間が、ネットに山ほどいる。日本は恐ろしい国だ。
何をしたら犯罪になるかは、国によって違う。法律と裁判手続が違うからである。

その国の法律と裁判手続にそって、裁判にかけられ、有罪判決を受けるまでは、たとえ実際に罪を犯していても、犯罪者ではない。当たり前のことである。
裁判にかけられても、有罪判決を受けるまでは「疑わしきは被告人の利益に」の原則がある。
「道義的責任」という意味不明の言葉が飛びかっているが、これも有罪であって初めて成り立つ。有罪判決を受けてもいない人に、「道義的責任をとれ!」というのは、単なる言いがかりだ。
まだ裁判にさえかけられていない小沢一郎が、国民に何を謝れというのか。国会で何を釈明しろというのか。
小沢一郎を勝手に有罪あつかいしている人間は、自分が同じ目にあったときのことを考えてみればいい。
「お前はあの事件の犯人だろ」と世間に言われたら、実際に罪を犯していようがいまいが、「すみませんでした」と謝るのが道義的責任なのか。
もしそうなら、日本国民全員が何の理由もなく謝らなきゃいけないという、バカげたことになる。
こういうことを書くと「お前は大政翼賛の民主党を支持するのか!」と非国民あつかいされる。
でも僕は、個人的には、小沢一郎が嫌いだ。
なので、他の党の議員に同じような疑いがかけられても、裁判で有罪が確定するまで、その人を有罪あつかいしない。
有罪判決を受けていない人を有罪だと公言すると、当人から名誉毀損で訴えられるおそれがあるからだ。
僕は自分の身を守るために、有罪判決を受けていない人を有罪だと公言することは避ける。
思えば、松本サリン事件で最初に日本中から有罪あつかいされた河野義行さんしかり、最近話題になっている足利事件の菅家さんしかり。法的手続きを無視して、何の権限もないのに、勝手に誰かを有罪にするバカな日本人が多すぎる。
マスコミの情報を一生懸命集めて、「小沢一郎は有罪だ」と吠えている人間に言いたい。あなたはいつ裁判官になったのか?
この国で人を取調べできるのは検察・警察だけ。人を裁判にかけるかどうか判断できるのは検察だけ。人を裁けるのは裁判官だけ。法律でそう決まっている。
小沢一郎を勝手に有罪あつかいしている人間たちは、日本に法律など要らないと言っているのと同じで、まったく話にならない。
小沢一郎が中国びいきであることが気に入らないなら、別の議論としてやればいい。中国なしで今後の日本経済が成り立つと思うならば…。
「あやしければ有罪」という前近代的な迷信から、日本人はいつになったら卒業できるのだろうか。