ツイッターも含め、ネットは単なる「自慰機械」である

ツイッター(Twitter)も遅かれ早かれ陳腐化してスパムだらけになるだろう。
昨晩、ブログのトラックバック機能が、事実上、役立たずになっていることと、ツイッターも早晩、SPAMだらけになるだろうと書いた。
そう言ってたら『日経ビジネスオンライン』がツイッターを持ち上げる記事を書いているのに気付いた。毎日同誌から届くメールで気づいた。
「肥大化するつぶやきメディア『Twitter』の正体(前編)」
皮肉にもこの記事の存在そのものが、ツイッターが所詮、既存のマスメディアに取り上げられなければ注目されない、マイナーなネットツールであることを証明している。
昨晩も書いたように、日本でツイッターの名を広めた広瀬香美も勝間和代も、既存のマスメディアで広く名が知れており、かつ、彼女らがツイッターというものを使っていることを、既存のマスメディアが取り上げた。だからこそ、日本でツイッターが一定の知名度を得るにいたった。
ツイッターは決して独力で有名になったのではない。「米国でツイッターという新しいものがはやっているぞ」など、既存のマスメディアの発信力に頼らなければ、メジャーになれなかったのだ。
そもそも「インターネット」や「ブログ」「2ちゃんねる」なども、既存メディアが興味本位で報道したからこそ、一定の知名度を得て、利用者も増えた。
それだけの話である。
そしてツイッターも今後利用者が増えれば、ヒマ人しか使わなくなり、「つぶやき」の質が下がり、フォローする人間が分散され、「幽霊フォロワー」が増え、つぶやく意味がないと感じてやめる人間が多く出て来て...
という具合に、他のネット上のCGM(消費者発信型媒体)と同じ運命をたどる。チヤホヤされるのも今のうち。不易流行。
おそらく先ず出て来るのは、いちいちフォローする暇のない人のための、ツイッターの「まとめサイト」的なものだろう。
ツイッターはハッシュタグなどで全文検索ができるようだが、それでもいちいち全文検索して、その検索結果をいちいち読んでいくのは面倒だし時間がかかる。
なので必ず特定のテーマについてのつぶやきを集めた「まとめサイト」的なものが定着するはずだ。上述の『日経ビジネスオンライン』の記事も、所詮は「まとめサイト」の一種である。
そうなると、フォローする側は直接ツイッターに接続せず、「まとめサイト」だけを見るようになり、つぶやく側から見るとフォロワーには「まとめサイト」の名前だけが並ぶようになる。
ツイッターはもともと、つぶやく側とフォローする側の、疑似的な一対一関係がつぶやく動機付けになっているので、「まとめサイト」のような中間媒体が介在すると、つぶやく側の動機付けが弱まる。このこともつぶやくのをやめる人間を増やす原因になる。
今、ブログからツイッターへ乗り換える人がたくさん出て来ているのと同じように、早晩、ツイッターから別の媒体に乗り換える人がたくさん出て来るだろう。
ツイッターで常に強調されるのは、そのリアルタイム性だが、リアルタイム性は、テレビのように、フォローする側もリアルタイムにフォローしていなければ全く無意味だ。
なので、リアルタイム性がツイッターの本質であるという議論は完全に間違っている。リアルタイム性で言えば、当然、テレビの生中継の方が圧倒的な影響力を持つ。
また、ツイッターについて、リアルタイム性と、個人が発信する点の組み合わせが特徴として強調されるが、これも発信する個人の資質による。
広瀬香美や勝間和代は、既存メディアで既に知名度のある発信者だったからこそ、ツイッターでも注目を集めただけの話だ。今のツイッターでも多数のフォロワーを得ているのは、既存メディアの有名人である。
今後、加ト吉あらためテーブルマーク社のツイッターのフォロワーが増えても、ハンドル名「そらの」の佐藤綾香氏のフォロワーが増えても、それは全て『日経ビジネスオンライン』という既存メディアのおかげ。
そもそもインターネット自体が、新聞社やテレビ局などの既存マスメディアに「寄生」することで、辛うじてビジネスモデルを維持している。
インターネットのニュースサイトの情報源は既存の大手新聞社や通信社だし、YouTubeで万単位のアクセス数を得られる動画のほとんどは、テレビ番組や市販DVDの違法アップロードだ。
スーザン・ボイルさんが世界的に有名になったのも、英国のテレビ番組が違法にアップされたからだ。
かといって、既存のマスメディアが逆にインターネットに「寄生」しようと、権利を放棄すれば、自らの事業モデルを否定することになり、事業継続の危機に陥る。
これこそまさに、ちょうど今、各新聞社がおかれている状況だ。記事をネット配信することでネットに「寄生」したはいいが、肝心の紙の新聞の購読者が減ってしまい、自分の首を絞める結果になっている。
テレビ局も権利を放棄してまでネットに「寄生」しようとは考えないだろう。
結果として、ネットが既存マスメディアに「寄生」する構図は変わらず、ツイッターのブームも一過性で終わるに違いない。
この記事だって、こんなに一生懸命書いても、最後まで読んで下さるのはせいぜい50人以下といったところだろう。
インターネットなんてその程度の媒体に過ぎない。
インターネットとは、既存マスメディアで既に有名人になっている発信者を除き、僕自身も含め、発信者側の自己表現欲求に、ニセの満足を与えるための、大いなる「自慰機械」に過ぎないのだ。