産業医に必要なのは「父親的」ではなく「母親的」態度

自分が医者でもないのに、お医者さんに文句を言わせてもらう。
自殺者が年間3万人を超えつづけているこの日本で、メンタルヘルスに理解のない医者が多すぎるのではないか。
精神科や神経科の専門医でなくても、石を投げればうつ病患者に当たる世の中になったのだから、すべての医師はメンタルヘルスに基本的な理解をもつべきだ。
おそらく、病気に対する医者の態度には2種類ある。「父親的」態度と「母親的」態度だ。
ふだんこの「愛と苦悩の日記」では否定している、ジェンダー(文化的性差)の表現を、今回は分かりやすいように、あえて使う。
「父親的」態度とは、どうすれば病気が治るのかを患者に指導する態度で、「母親的」態度とは、病気にかんして患者が何を求めているのかを傾聴する態度だ。
比較的軽い病気や、「からだ」の病気には、「父親的」態度が適切だろう。
例えば、生活習慣病などについては、医師は患者に対して、病気を治すにはどうすればいいか、ときに厳しく教え諭す態度が必要になる。
一方、「こころ」の病気や、重篤な病気(末期のガンなど)については、「母親的」態度が適切だろう。
例えば、うつ病のような病気については、医師は、患者が何に苦しんでいるのかに耳を傾け、共感し、どうすればその苦痛をやわらげられるのかを、共に考える。そういう態度が必要になる。
ところが、企業に雇われている、いわゆる「産業医」という医師たちは、これまでもっぱら生活習慣病を中心とする「からだ」の病気にかかった社員をみてきた。
そのため、「父親的」態度が染み付いてしまっているようなのだ。
なので、「母親的」態度が必要な病気にかかった社員に対しても、無自覚的いに「父親的」に接してしまう。
最近の職場でいえば、「母親的」態度が必要な病気の典型は、言うまでもなく、うつ病や気分障害などの神経症だ。
生活習慣病の社員が相手なら、「タバコは控えないとだめ」「休肝日を作りましょう」「体力づくりのために定期的に運動しなさい」など、「父親的」態度で、いろいろな指導を行うのが正しい。
しかし、うつ病の社員を相手に、「規則正しい生活を送るように努力しましょう」とか、「できるだけ活動するようにしましょう」などといった、「父親的」態度で、さまざまな指導を行うのは、完全に間違っている。
それどころか、逆に、その病気を悪化させるおそれがある。
「こころ」の病気に対して、企業の産業医は「母親的」態度で接しなければならない。
つまり、「いま何がいちばん苦しいですか?」「何に困っていますか?」「まずはゆっくり休養をとりましょう」などの言葉だ。
一部上場企業の産業医でさえ、メンタルヘルスに関する、こういったごくごく基本的なスキルを欠いている医師がいるのは、とても残念なことだ。
年間自殺者3万人の背景には、もちろん、日本社会全体の根強い誤解もある。
いまだに、うつ病は本人の責任であり、うつ病の原因を次のように思い込んでいる人が多い。
・こころの病気は本人が怠けているだけだ。
・「健全な精神は健全な肉体に宿る」のだから、体力がないだけだ。
・定期的に運動をしないからだ。
それに加えて、各企業の産業医が、いまだに「父親的」態度でしか、社員に接することができないことも、年間自殺者3万人の背景になっている。
多くの企業で、社員のメンタルヘルスの最終的な責任者は人事部長や、人事担当役員である。
産業医だけでなく、人事部長や人事担当役員といった責任者の方々も含め、上記のような完全に間違った理解を改めるべきだろう。