鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(4)物語分析・前半

鬼束ちひろ『DOROTHY』のレビュー4回目。2009/10/28発売で、鬼束ちひろにとって2年ぶりとなるニューアルバムだ。

ちなみにレビューといっても、あくまで個人の解釈や感想で、制作者の意図を当てる目的はないので、その点、誤解しないでほしい。
1回目のレビューはアルバム全体のコンセプトについて2回目のレビューは編曲の変化について3回目のレビューはクレジットを熟読することで、このアルバムのクオリティーが、最強のベテラン・スタジオミュージシャンに支えられていることを検証した。
4回目の今回は、発売当時から「統一感がない」という不評もあったアルバムの曲の構成について、あえて個人的に深読みしてみたい。
たしかにこの『DOROTHY』はすでに発売されているシングルを、カップリングも含めると6曲も収録していて、新曲は5曲しかない。
統一感のなさを感じさせる最大の原因は、そこにある。
しかし、発売ずみのシングルを収録してあるとしても、このアルバム『DOROTHY』に一定のストーリーを読み込むことができる。
1曲目、アイルランドの太鼓ボーランだけという、シンプルで短い曲は、アルバム全体の導入部。
アルバム名の「DOROTHY」は『オズの魔法使』の主人公の少女の名前だが、映画『オズの魔法使』のカラー部分は、気絶した少女の夢の中の世界という設定だ。
この1曲目の「A WHITE WHALE IN MY QUIET DREAM」も、このアルバム全体が「私」の深い夢の中の出来事であることを暗示している。
ポイントは2つある。
その夢が、「he」という代名詞で名指された、男性性を象徴する「白い鯨」が案内人になっていること。そして、その夢が狂気へと落ちていく夢ではなく、「go just right」と書かれているように、まっすぐと正しい方向へ落ちていく夢であることだ。
この短い歌詞だけで、このアルバム『DOROHTY』全体の方向性を示すに十分な内容が詰まっている。
次の2曲目、3曲目は、ペアで考えるとわかりやすい。
『DOROTHY』の扉の言葉は、「This Golden Flame」「This Metaphysical Scream」という2行で始まる。
1回目のレビューで、この2行がアルバム全体のコンセプトを象徴する2つの軸で、このアルバムは2つの軸の間をゆれる振り子の振幅のようなものだと書いた。
2曲目の『陽炎』は「炎(flame)」という文字がタイトルに含まれているように、2つの軸のうち、「This Golden Flame」という主題の方をアルバムの最初に提示するために、2曲目に置かれている。
歌詞の内容も、女性の燃え上がるような情念を書いている。この『陽炎』のPVが、黄金色(golden)のフィルタで撮影されていることを思い出そう。PVのビジュアル面とあわせて、まさに「golden flame」を象徴する曲となっている。
3曲目の『X』は「This Metaphysical Scream」の主題の方を、アルバムの最初に提示するために、ここに置かれている。
曲名の「X」は、まだ解答が見つかっていないことを象徴していると考えていいだろう。
歌詞の内容も、ラブソングではあるが、言葉の選び方が鬼束ちひろにしか書けない抽象度の高さだ。まさに「metaphysical(形而上学的)」と呼ぶにふさわしい。
西川進の歪んだギターと、鬼束ちひろの激しいボーカルは、「scream(叫び)」以外の何物でもない。
こうして2曲目、3曲目でアルバムの2つの主題を提示した後、4曲目にようやく、このアルバム全体の「夢物語」の語り手が登場する。それが『ストーリーテラー』だ。
この夢は、白い鯨によっていざなわれたものだが、『ストーリーテラー』の歌詞の中で「何かが蠢くかのように/私は語り始めよう」と書かれているように、夢物語の語り手は、あくまで「私」だ。
しかし、同時に『ストーリテラー』の歌詞は「ヘイ ストーリーテラー/退屈にさせないで」と、語り手に対して呼びかけている。
これは、語り手である鬼束ちひろの、作詞者としての自分自身に対する呼びかけであり、自問自答と理解してみたい。
『ストーリーテラー』の歌詞全体は、物語の行方は誰にも予測できないことを暗示している。「何が待っているのだろう/何が始まるのだろう」「見えない力が運んでゆく」など。
これは昔から鬼束ちひろが曲を書くとき、よく「降りてくる」と語っていることと一致している。その意味で、鬼束ちひろのソングライトのスタイルは、このアルバムでも変わっていない。
ただ、大きな違いは、扉の言葉にもある「On A Brighter Scenario」という点だ。シナリオは明らかにポジティブな「明日」や「未来」を目指している。
そして『ストーリーテラー』のサビのリフレインにある「過激に楽しみたいの」というフレーズが、5曲目の『STEAL THIS HEART』へと自然につながっていく。
5曲目の『STEAL THIS HEART』は、PVの過激さがファンの間でも話題になっていたが、意図的な音のチープさ加減といい、ブロンドのウィッグといい、徹底的な「おもちゃ」感がコンセプトになっている。
これは、すでに29歳になった鬼束ちひろの中に、まだ残っている少女の天真爛漫さや、おてんばなところ、じゃじゃ馬さ加減などなど、そういった可愛らしさを、やれるところまでやってやれ、という感じで遊びまくった曲だ。
歌詞の冒頭に「幼稚なおまじないにも/頼りたくなるような/恋におぼれているの」とある。
夢中になってしまう恋が楽しくて仕方がない、それを29歳の大人としてスタイリッシュに表現すれば、エレクトロ感満載で、一見チープなロックになる。
そして、楽器がまったく弾けない、ダミーの白人バンドのメンバーたちとのディープキッスも、そういう「恋に夢中」といった、少女のような可愛らしさの、大人としての表現のスタイルなのだ。
そしてこの『STEAL THIS HEART』も『陽炎』と同様、アルバム全体の2つの主題のうち「golden flame」、つまり情念の側面を表現していることに間違いはないだろう。
そして6曲目の『I Pass By』は『X』と同様、「metaphysical scream」の主題を表現している。日本語訳を参照しながら英語の歌詞を読めば、この曲はほぼ哲学的(=形而上学的)な内容しか語っていないことがわかる。
少し難しくなるが、弁証法的な表現は、鬼束ちひろの歌詞によく出てくる。
ふつうは正反対と考えられているもの、たとえば、始まりと終わり、正気と狂気、真実と嘘などなどを、鬼束ちひろは歌詞の中でたびたび結びつけて、一つのものにしてしまう。(それを哲学用語では弁証法的という)
『I Pass By』もそういう対立する正反対のものを乗り越えることを暗示している。
「pass by」には、あるもののそばを通り過ぎる、つまり、何かを他人事として見過ごしながら通り過ぎるという意味もあるが、時間が過ぎ去るという意味もある。
ここにも正反対の二つの態度が、同じものとして語られている。
自分自身がかかえているさまざまな矛盾を、まるで他人事のようにしてやり過ごしていくのだが、実はそうしてその矛盾は過去のものになり、「私」はいつの間にかそれを乗り越えている。
「私」を客観的に見つめる、もう一人の自分がいて、その自分が「私」を他人事のように通り過ぎていく(pass by)、そういう方法でしか、「私」は時間を過ごし(pass by)、大人になることができない。
『I Pass By』は鬼束ちひろ自身の、少女から大人になること、成長することの矛盾を、形而上学的(metaphysical)に語っている。
そして『I Pass By』は、「Is this a common fairly tale? / We don’t speak anymore. / Anymore. / Anymore. / Anymore.」というリフレインで終わっている。
「common」は歌詞カードでは「当然の」と訳されているが、「普通の」という意味にもとれる。
重要なのは主語が「we」になっていることだ。やはり「私」と、その「私」を客観的に見つめるもう一人の自分がいる。その「私たち」は、こんなものが普通のおとぎ話ならば、もう話すのをやめると語る。
ここで、このアルバム全体を通して始まるかに思えた夢物語は、いきなり中断されてしまう。気絶した夢の中で『ストーリーテラー』が語り始めようとした物語は、宙づりになる。
なぜか?
それは、語り手でもあり、聞き手でもある「私」が、夢の世界から抜け出すための「帰り路」を探し始めるからだ。
確かに大人でありながら、少女のように夢中になる愛を語る(『STEAL THIS HEART』)こともできる。しかし、多くのものを通り過ぎて過去のものにしてきた今(『I Pass By』)、いつまでも夢の世界の中にとどまるわけにはいかない。
ただ、『オズの魔法使』のDOROTHYが「やぱりお家がいちばん」という呪文で、いとも簡単に「帰り路」を見つけられたのに対して、鬼束ちひろは2007年のアルバム『LAS VEGAS』の「everyhome」で、すでに特定の帰るべき家はなく、いたるところに家がある(everyhome)ことを知っている。
したがって、夢の世界からもどる「帰り路」をさがすのは、とても難しい。
そうしてアルバム『DOROTHY』は、7曲目の『帰り路をさがして』につながっていく。
(つづく)
※この鬼束ちひろのアルバム『DOROTHY』のレビューは、以下のように全6回の連載になっています。ぜひ通してお読みください。
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(1)その形而上学的構想について」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(2)アレンジの劇的な変化」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(3)クレジットを熟読する」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(4)物語分析・前半」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(5)物語分析・後半」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(6)全体構成のまとめ」