鬼束ちひろインタビュー『音楽と人』2007年11月号を分析!

鬼束ちひろの2007年のインタビュー記事がのっている雑誌を見つけたので、今日はそのレビューをしてみる。
今日も意味もなく倦怠感。でも部屋にいても鬱々とするだけ。
東梅田駅からディアモールをぶらぶら歩き、大阪マルビルのTOWER RECORDSに立ち寄ったら、鬼束ちひろのインタビュー記事のある雑誌『音楽と人』2007年11月号を発見。迷わず購入。

夕方の公園(たぶん新宿御苑?)で撮影された写真は、この時期特有の表情。ストレートのロングヘアで、眉間にしわを寄せたまま、完全に表情が固まっている。まったく、笑顔がない。
インタビューも、あまり会話として成立していない。
何か所か、僕の注釈をはさみながら引用してみる。(インタビュアーは青木優。男性だ

(「Sweet Rosemary」の歌詞「人生は長いのだろう」についての質問)
―(略)失礼ですけど鬼束さんって、今おいくつですか?
「27になります」
―それで<人生は長い>と思うのって、どういうものですか。
「なんとなく、そう思ったんです」
―人生がこの先も長いのは、楽しいことだと思います?
「ううん」
―思わないですか。何でですか。
「べつに長く生きようと思ってないから」
―うーん。じゃあ楽しく生きようって思うもんじゃないですか。
「うん……私はそうじゃないんですね」
(中略)
―<せっかくだから楽しく生きればいいな>とか思いません?
「思わないな」
―ずっとそういう考えですか。
「うん。いや、物心ついてから。ジェットコースターのように行きたい」
―ジェットコースターみたいに?日々を全力で、ですか。
「全力とは違う」
(※注釈:インタビューアーはジェットコースターという乗り物を、乗客が運転しているわけではないことに気づいていないのだろうか。鬼束ちひろがここでジェットコースターという比喩を使ったのは、どちらかと言えば、自分の意思とは無関係に、激しく自分が振り回されることを表現したいのだろう)
―激しく?
「うん……そういうのが好きなんですよね」
(中略)
―ご自身ではどういうところが他人に比べて激しいと思います?
「まず感情ですね」
―つまり爆発しちゃう時が。
「あります」
―そういう時は、どんな感じになるんですか。
「ああ……怒鳴ったりするかな。怒鳴り口調になったりするかも」
―ほんとですか。あと、想像すると……泣きわめくとか?
「ああ、ありますね」
(※注釈:と、答えている鬼束ちひろは、おそらく淡々としていたに違いない)
―どういう瞬間にそうなっちゃうのか、自分でわかります?
「急になる時がありますね。不意に」
―なんかいろいろ考えてて?
「うん。でも、ひとりなんですよ」
―あ、そうなんですか。そんな自分をどんなふうに思います?
「生きにくいなぁと思います」
―(中略)ここには大人になっていくことの中で生じるジレンマや揺らぎを感じたんですよ。その収まりの悪さって持ってるんじゃないですか。
「そうですね」
―それはいつぐらいに生じたか、覚えてます?
「中学生ぐらい」
―周りとなじめなかったとか?
「なじんだふりをしていました」
―(中略)でも高校出て10年も経つと、社会で受け入れなきゃいけないことも経験してきたんじゃないですか。
「うん……いや、しなかったです。そういう場所には一度もいたことがない」
―わりと好きなことをやってきた感じか。それにたどり着けた自分はどう思いますか。
「まだ、たどり着けてないですね」
―あ、話が戻ってきましたね(笑)。

Onitsuka_ongakutohito20071101
最近僕は思うのだが、活動休止前の『インソムニア』『This Armor』『SUGAR HIGH』の3枚のアルバムは、実は3枚組で発売できたアルバムで、一貫して、鬼束ちひろとプロデューサーが同じテンションで制作したのではないか。
その間、鬼束ちひろは作詞・作曲に集中して、その他の全ての「大人の事情」に関わる仕事を周囲のスタッフに任せていたに違いない。
ただ、そのテンションを維持できた条件が無くなったとき(それが何かは分からないが)、鬼束ちひろは不意に、無防備なまま「大人の事情」の中に放り出され、スタッフが取り次いでいた聴き手とのつながりを切断され、一人で歌と向き合う自分以外の何も見つからなくなったのではないか。

―(中略)自分自身に。好きになれないところが多いんですか。
「とこばっかりですね」
―そうですか。でも、みんな大なり小なりそういうところがあると思うんですよ。あなたもきっと折り合いをつけようとしてるんじゃないかなと思うんですけど……。
「つけれないから、こういう曲(※注釈:『MAGICAL WORLD』と『Angelina』のこと)を書くんだと思います」
―うん、そう思います。性格のどういうところが嫌いなんですか。
「感情の激しいところ…………執着しやすいところ」
―(中略)それは歳を重ねるごとに軽くなってます?それとも……。
「……重くなってる」
―はあー、ほんとですか。何で重くなってるんでしょうね?
「そのぶんだけ、いろいろ知るからだと思う」
―あ、経験は増えるけど、合わせることはできないと。じゃあ<何でこうなってるんだろう?>とか<何でこんなのを義務づけられてるんだろう>と思うことってあるんじゃないですか。
「……………………いっぱいありすぎて、困るんですよね」
―いっぱいある。自分がそれに対処しきれなかったりします?
「はい」
―(中略)ひさしぶりの作品を作り終えてみて今、どんなふうに思います?
「……いや、いいアルバムになったなと思います」
―はい。全力を尽くしたなという気がします?
「全力は、まだ尽くしてない」
―(中略)<もっともっとできるはずだ>と。<まだ自分の中から何か出てくるはずだ>って?
「うん」
―じゃあ苦しんだところってありました?
「やっぱりブランクがあったから、歌にすごい……」
―(中略)これを作って、何か見えたことってあります?
「とくにないです」
―自分はこういう人間だなとか。
「……それはとうにわかっているので」
―そうですか。今後<こんなことを唄いたいな>と感じるものってあります?
「長く唄えるものを作りたいですね」
―ずっと唄っていける歌?
「はい」
―ふーん。そんなふうに思われたのって、今までもありました?
「あんまりなかったですね」
―(中略)じゃあ音楽でこれからどんな活動をしていきたいと思います?
「マイペースで……自分自身を見失わないように」
―見失ってしまった時期が。
「うん……そうですね」
―今はちゃんと見えてます?
「(うなずく)」
―じゃあ今後どんな人生を送っていけたらいいと思いますか。
「…………ジェットコースターのような」

これでインタビュー記事は終り。見事なオチが付いている。
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ところで、名状しがたい居心地の悪さについては、『ROCKIN’ON JAPAN』2002年2月の2万字インタビューの方が分かりやすく表現されている。
以下、p.045からの引用。

「(略)でもたぶん、孤独とか不安ていうのはずっとあったと思うの、小学校の頃から。なんなんだろうこれはと思って。陸上も頑張ってきたし、勉強とかもできたけど、満足なんてしたことないし。満たされたことなんてなかったし、今も満たされてないし。もうずっと潜伏してる感じ。もうずっとあたしと一心同体なの、不安とか孤独とかが。もちろん楽しいこととかもあるけど、そんなのより孤独とか不安のほうが全然多くて。高校の時とか、ほんとに、もう、自分の中でそれを持て余してたと思うの。もうほんと、悶々としてましたね、高校の頃なんか特に。『わたしはここにいていいのかな』とか『わたしの居場所はここなのかな』っていう、そういうほんとに漠然としたことを悩んだりとか」

例の「システムとしての孤独」論だ。
それになぞらえれば、ジェットコースターの比喩は、「システムとしての人生の不条理」論と言える。
システムとしての孤独が、鬼束ちひろの作詞・作曲の源泉になり、その結果として自分では制御不能な、激しい変化の中に放り込まれて、振り回された、と。
そのような状況を、ジェットコースターなどの比喩をつかって客観視できるようになるまでの数年間が、活動休止期間で、それが自分を見失っていた時期ということだろう。
……えっと、鬼束ちひろのインタビュー記事を分析して、僕は一体何がしたいのか分からなくなってきた。
いまだにはっきり覚えているのだが、中学三年生くらいの頃、塾に行くために、大阪のJR阪和線に弟や女友達と一緒に乗っていて、女友達のうちの誰かに、長生きしたいかと聞かれて、「長生きなんかしたないわ(関西弁)」と答えた。
僕はもう40歳近くになってしまったが、すでに十分人生は長いと感じる。長すぎるくらいに長いと感じる。まさかここまで長生きするとは思わなかった。もう十分だと感じる。
というのも、上記のインタビューで鬼束ちひろが言っているように、世の中を知れば知るほど、世の中に適応できない自分自身が、どんどん重くなってくるからだ。
10年前は、まだ、もしかすると世の中、特にサラリーマン社会というものが、グローバリゼーションという外圧で、自分の思う方向に変わるかもしれないという希望があった。
しかし、グローバリゼーションによる変化によっても、僕自身にとって適応不可能なサラリーマン社会の側面は変わらないばかりか、かえって強化される結果に終わった。
不適応による精神的負担は、これからもますます重くなっていくばかりだろう。もう、諦めるしかない。
この日記は、一体何が書きたかったんだ?単に「鬼束ちひろ」でググったときのページランクを稼ぎたいだけだったりして。