鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(1)その形而上学的構想について

鬼束ちひろ『DOROTHY』(2年ぶりのニューアルバム)が明日2009/10/28発売される。1日早く入手できたので早速聴いてみた。

間違いなく鬼束ちひろのアルバムでは最高傑作だ。
鬼束ちひろは、例えば柴田淳が曲を先、詞を後に作るのと逆で、詞を先、曲を後に作るシンガーソング・ライターだ。もっとも最近は詞と曲を「同時に」作るようだが。
なので、POPSの歌詞などどうでもいいと思っている僕も、鬼束ちひろのCDの歌詞カードはしっかりと読む。
表紙も含めると24ページのブックレットになっている『DOROTHY』の歌詞カード。
彼女の『X』や『帰り路をなくして』のPVの監督でもある、柿本ケンサク氏のディレクションによるものらしい。
歌詞カードの表紙は、鬼束ちひろ公式サイトやAmazon.co.jpでも見られる。
が、その表紙をめくると、実は、いわゆる扉の言葉、エピグラフが英語で書かれている。
あえて引用しないが「metaphysical」という単語が登場する、そのエピグラフと、それに添えられた愛らしいイラストを見るだけで、彼女の歩んできた困難な道を知っている者は、胸を熱くしてしまうだろう。
このアルバムの導入部としては、十分すぎるほど美しい。
アルバム全体のプロデュースと編曲は坂本昌之氏。実は2002年~2004年の柴田淳のプロデューサでもある。
ウィキペディアによれば、坂本昌之氏の名を世に響かせたのは平原綾香の『Jupiter』の編曲とプロデュースで、日本レコード大賞の編曲賞を受賞したことらしい。
ところで、これもウィキペディアによれば、坂本昌之氏は、中島みゆきのプロデューサーである瀬尾一三氏の弟子にあたる。
これもウィキペディアによれば、中島みゆきは1980年代中期を自ら「御乱心の時代」と称し、音楽的な模索を繰り返していたが、それにピリオドを打つアルバム『グッバイガール』をプロデュースし、現在にいたるまで「夜会」の音楽監督も担当しているのが、この瀬尾一三氏なのだ。
鬼束ちひろは『DOROTHY』の最後から2曲目に収録されているシングル『蛍』のプロデュースを、最初、瀬尾氏に依頼したが断られ、その弟子の坂本昌之氏に依頼する。
そしてそれ以降、鬼束ちひろの編曲・プロデュースは坂本昌之氏が手掛けている。
しかし『DOROTHY』の3曲目に収録されているシングル『X』と『蛍』を聴き比べれば分かるように、坂本氏による鬼束ちひろのプロデュースは、平原綾香、柴田淳の路線とは比較にならないほど、レンジの広さを持っている。
僕は、鬼束ちひろ自身のアイデアもかなり盛り込まれているのではないかと、勝手に想像しているのだが。
『月光』路線の鬼束ちひろは、デビューからシングル『私とワルツを』まで、一貫して編曲、ピアノ、プロデュースをしていた羽毛田丈史によって形成された。
『LAS VEGAS』で小林武史氏(Mr.Childrenのプロデューサ)に「寄り道」した後、鬼束ちひろは坂本昌之氏と出会うことで、新しい段階に進んだと言える。
その「決意」が、歌詞カードの扉の言葉に、短い言葉で、美しく、簡潔に表現されているのだ。
そして『DOROTHY』最後の7分20秒にわたる、壮大なアレンジのバラード『VENUS』の歌詞にも。
言うまでもないことだが、アルバムタイトルのDorothyは『オズの魔法使』の主人公の少女の名前から取られている。
ジャケットのアートディレクションも、24ページのブックレットの中の写真も、『オズの魔法使』へのオマージュになっている。
ただし『オズの魔法使』のドロシーは、魔法の国オズでの旅から「There’s no place like home.」と唱えて夢から醒める。
それに対して、鬼束ちひろは、2007年のシングル『everyhome』ですでに、「夢が醒めないこと」は、人間なら誰もがもっている子供の部分であり、それを「責め続ける」必要はない、と歌っている。
そして「everyhome」という、鬼束ちひろによる造語は、家に帰らなくても、あらゆる場所が自分の家になりうることを意味している。
『DOROTHY』の7曲目に収録されているシングルの題名のとおり、ドロシーは、魔法の国オズに迷い込むことで、家への『帰り路をなくして』しまう。
しかし、アルバム『DOROTHY』では、帰り路が見つからないことが、驚くほど肯定的にとらえ直されている。
家への帰り路を振り返らずに歩いて行く先に何があるのか?
それを高らかに歌い上げるアルバム最後のバラード『VENUS』で、鬼束ちひろ版の『オズの魔法使』は、「The End」ではなく、「To Be Continued」になるのだ。
以上が、鬼束ちひろのニューアルバム『DOROTHY』の概念的な構想になっている。
…と、僕は勝手に想像している。
(つづく)
※この鬼束ちひろのアルバム『DOROTHY』のレビューは、以下のように全6回の連載になっています。ぜひ通してお読みください。
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(1)その形而上学的構想について」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(2)アレンジの劇的な変化」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(3)クレジットを熟読する」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(4)物語分析・前半」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(5)物語分析・後半」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(6)全体構成のまとめ」
※なお、鬼束ちひろについてツイッターでつぶやくときのハッシュタグは #onitsuka に決まりました。