人の死をランキングした『ザ・ベストハウス123』

昨夜、あるバラエティー番組で、難病で夭逝した子供2人と、若くして亡くなった男性1人の「感動秘話」が、ランキング形式で紹介されていた。
まず、そうした事実をランキング形式で「お涙ちょうだい」式に紹介することの悪趣味さを、番組制作者がまったく感じていないようであることに驚いた。
何が『ザ・ベストハウス123』なのか。人間の死にざまを「ベスト」でランキングすることに、番組制作者は企画段階で、何の疑問も感じないのだろうか。悪趣味もはなはだしい。
高給取りのテレビ局社員の倫理的感覚など、その程度のものなのだろう。
もう一つ気になったのは、病気で夭逝した人を取り上げる番組は、必ずといっていいほど、自殺者を非難する点だ。
「まだ生きられる命を、自ら断つとはどういうことか!」「命を無駄にするな!」などなど。
間接的にではあっても、自殺者がまるで単なる「わがまま」で自殺したかのように非難する。
しかし、自殺者の多くも、病気で仕事を続けられなくなり、経済的に困窮し、生活苦からやむを得ず自殺に追い込まれたり、老齢で病気になり、その苦しみから自殺に追い込まれた人々である。
また、うつ病による自殺も、まだ生きられる命を自分勝手に無駄にしたとは、とても言えない。
いわゆる、自ら選択する「尊厳死」的な自殺や、「自己陶酔型」の自殺はごく少数で、ほとんどの自殺者が、本当は生き続けたいのに、自殺するしかないところまで追い詰められた上での自殺である。
難病もののドキュメンタリーを放送するのは結構だが、自殺者へのお門違いの批判を、言外のメッセージとして流すのはやめるべきだ。
「自殺者は身勝手で死んだんだ」という、自殺者に対する偏見がいつまでたっても無くならないからこそ、日本の自殺者は一向に減らないのだ。
所詮、単なる会社員である番組制作者に、ここまでレベルの高い倫理観を求めるのは無理なのは分かっているが、ああいう番組を見せつけられるたびに、がっかりする。
この程度の人間たちが番組制作者として、巨大な影響力をもった媒体を通して、数百万人単位の視聴者の偏見を助長してしまうのだ。