伊東乾氏『常識の源流探訪』のおかしな貨幣論

「日経ビジネスオンライン」の「常識の源流探訪」で伊東乾氏がまたおかしなことを書いている。
岩井克人の貨幣論は、貨幣には裏付けとなる実体がまったく存在しないからこそ、100%の流動性をもつという論旨だったはず。
その意味で「円天」は立派な貨幣であり、たまたま発行主体が政府でなかっただけの話だ。
発行主体が政府である通貨であっても、政府の信用がなくなれば、その通貨は紙きれになる。この点で「円天」と「円」に本質的な差異はない。それが岩井克人の貨幣論だ。
それとサブプライムローン問題に見られる、「すべての経済はバブルに通じる」的問題とは、論理階層が異なる問題だ。
伊東氏は、岩井克人の貨幣論で、2008年夏以降の信用収縮を説明できると書いているが、完全な間違いである。
バブル経済のような実体のない信用拡大は、ケインズの美人投票の話がベースになっている。
つまり、経済というものは、「客観的にいちばん美人なのはだれか」が問題なのではなく、「みんなは誰をいちばん美人だと思うか」が問題なのだ。
「他のみんながこの商品が儲かると思っているはずだ」と「みんな」が思えば、その商品の価値に実体となる裏付けがなくても、その商品についてバブルが起こる。
そして、バブルであれ、実体のあるものであれ、商品の価値を測る「ものさし」が貨幣である。
さらに踏み込んで、実はその「ものさし」にあたる貨幣にも、実体的な裏付けがないんですよ、というのが岩井克人の貨幣論だ。
伊東氏は論理階層の異なる2つの議論を、ごっちゃにしている。
そのため、今回の伊東氏のコラムは、岩井克人の貨幣論とも完全に矛盾した結論になっている。
曰く「実体のある約束をしてくれる政治家に投票しましょう」。
これはこれで全く正しい意見だが、岩井克人の貨幣論とは全く逆の話だ。
繰り返しになるが、岩井克人の貨幣論は、貨幣には実体となる裏付けがないからこそ流通するという「逆説」がミソである。
大丈夫ですか、伊東先輩。(一応、同じ大学の数年先輩なので)
※ちなみに、この記事から「日経ビジネスオンライン」の該当の記事へトラックバックしてみたが、見事に日経ビジネスオンライン編集部に拒否された。なお、該当の記事には2009/07/15現在、1件だけトラックバックが承認されているが、その記事はあきらかにアドセンス広告収入目当てのブログの記事である。日経ビジネスオンラインといえども、その程度のメディア、ということだ。