宮台真司氏、Twitterに対する楽観的すぎる反応

宮台真司さえ、最近ビデオニュース・ドット・コムで「Twitter」にハマっていると言うようになった。
僕は話題が何であれ、宮台真司の鋭い問題点の指摘や、その論旨には大いに賛成だ。
ただ、この手の新しいツールに対する宮台真司の反応は、実に「おやじ臭い」。
梅田望夫的ナイーブさがある、と言い換えてもいい。
日本の若者は、すでにモバゲーなどの携帯サイトや、携帯電話のSMSなどで、短いメッセージで、ほぼリアルタイムの連絡をとりあうことに慣れている。
なので、日本の若者(といっても30代まで含まれるだろうが)に、はっきり言ってTwitterは不要だ。
日本でTwitterを使うのは、ちょうど宮台真司氏のように、情報感度が高く、情報リテラシーが高く、会社員と違って時間を自由に使える、一部の人々に限定される。
ふつうの若者は、いちいちパソコンを起動しなければいけないTwitterよりも、当然、携帯サイトを使い続けるだろう。
僕個人としても、Twitterにはまったく魅力を感じない。
一度、Twitterからこのブログ「愛と苦悩の日記」にトラックバックを受けたことがある。
けれど、僕は一つの話題についてきっちり語るためにブログをやっているので、たった100文字程度のTwitterからのトラックバックには、返答のしようがない。
また、ソフトバンクのホワイトプランのように、携帯電話の通話料金に定額制があることも、日本でのTwitterの普及を妨げるだろう。
新しいネット上のサービスに、梅田望夫的に、ナイーブに反応するのは見苦しいのでやめた方がいい。
僕は過去、日本ではBlackBerryは、米国のようには絶対に流行しないと断言したが、実際ユーザー層が、iPhoneのように広がる気配はまったくない。
Twitterも同じで、ごく一部の人々のおもちゃになって、それ以上ユーザー層が広がることは絶対にないと断言できる。
同じく、『日経ビジネスオンライン』の伊東乾氏の連載にも、Twitterが全く新しい媒体であるかのように論じている記事がある。
それに対する僕の反論は、こちらの「伊東乾氏のツイッターに関する厚顔「無知」な記事」をお読み頂きたい。
要は、Twitterのリアルタイム性は、すでに一部の女性タレントが、一日にブログを100回単位で更新することで実現している。Twitterの返信は、ブログのトラックバックやコメント機能にあたる。
技術的にも、Webサーバーがユーザーからの投稿データを管理しているだけで、インターネット普及初期のホームページと本質的な差異はない。
Twitterに、本質的に新しい点は、何一つ存在しない。