「事業継続のためのパンデミック対策」は無意味です(3)

インターネットで企業のパンデミック対策に関する記事を探していて、やっとまともな考え方をしている企業を見つけた。
富士ゼロックスだ。
[ITproカンファレンス:パンデミック対策]BCPも大事だが,富士ゼロックスは人の安全を最優先する
この記事で富士ゼロックス総務部の方が、次のように話している。
「事態の鎮静化に要する期間は1年~2年に及ぶという専門家もいる。これは通常のBCP(事業継続計画)で対応できる範囲ではない」
「BCPも大事だが,社会の一員として企業責任を果たし,人の安全を最優先するのが当社の基本方針だ」
まさにパンデミックの特徴は、「通常の事業継続計画で対応できる範囲ではない」点にある。
それを分かっている人物が民間企業に存在したので安心した。
某格付け会社の危機管理顧問のような、問題の本質をよく分かっていない人ばかりではなさそうだ。
僕は先日のエッセーで、新型インフルエンザのパンデミックは、戦争や、原子力発電所のメルトダウンに例えられると書いた。
パンデミックは、直下型地震のような事態とは違って、今までの通常の事業継続計画では対応できない。
その理由は3つほどある。
・長期にわたる
・ほぼ、逃げ場がない
・国家の介入が起こる
一つの企業が、業務の縮退と在宅勤務によって、一定期間、なんとか事業を続けられたとしよう。
しかし、さまざまな社会インフラ(交通機関、道路、通信、電気・ガス・水道、郵便、運送)の機能低下や、取引先の社員の感染者が増えるなど、自社ではどうにもならない要因で、たちまち事前に立てた計画は役に立たなくなる。
そんなこと、少し頭をつかって考えればわかる。
しかも、各企業がこぞって「事業継続のためのパンデミック対策」を立てると、「合成の誤謬」が起こるリスクがどんどん高まっていく。
「合成の誤謬」というのは、一人ひとりが正しいことをやっても、その結果、全体としては間違ったことになる、という意味である。
つまり、こういうことだ。
各企業は、事業を継続するには、最小限の社員を出勤させる必要があるが、とくに都市部では、それらの社員が、お互い接触せずに出社することは不可能である。
たとえ通勤手段を、公共交通機関から自動車に変えたとしても、オフィスビルの中で、たとえば密室となるエレベータの中での感染などは、よほど強力な防護服でない限り防げない。
ここで重要な点は、こうして会社が出勤を命じる社員というのは、それくらい重要な社員だ、という点である。
つまり、「事業継続のためのパンデミック対策」は、まともに計画すれば、キーパーソンをもっとも感染のリスクにさらすことになる。
一つひとつの会社だけを見れば、こういった事業継続計画は正しいかもしれない。最低限のキーパーソンの出社だけで、事業を続けられるからだ。
しかし、国全体を俯瞰すると、結果として、各社のキーパーソンどうしをオフィスビル内で接触させることで、わざわざ各社が事業がストップするリスクを高めているような事態になっている。
一つひとつの会社としては正しい対策でも、すべての会社が同じような対策をとると、結果としてまったく逆効果になる。
まさに「合成の誤謬」だ。
ところで、上記の富士ゼロックスの総務の方の記事は、日経BP社のウェブサイトに掲載された、日経BP社主催の講演である。
その同じ日経BP社が、最近、某格付け会社の危機管理コンサルタントの言うことを鵜呑みにし、「事業継続のためのパンデミック対策」といったような、パンデミックの本質を完全に誤解した記事を掲載している。
こういう記事を掲載することで、日経BP社は国内の企業に対し、上に書いたような「合成の誤謬」を起こしましょうと、わざわざ呼びかけているようなものだ。
じっさいにパンデミックが起こったら、個々の企業が、自社の中だけで業務の優先順位付けをすることには、ほとんど意味がない。
むしろ政府が、国家レベルで、国内のあらゆる業種を優先順位づけし、優先順位の低い業種は、業務を完全に停止するよう指導し、場合によっては外出を強制的に禁止する措置をとるべきだろう。
パンデミックは個々の企業レベルで対策を立てるべき事態ではなく、国家レベルで対策を立てるべき事態なのだ。
>>このシリーズの他のエッセーを読む。
「事業継続のためのパンデミック対策」は無意味です(2)
「事業継続のためのパンデミック対策」は無意味です(1)