人事評価面談のたびに、心の中で思うこと

人事評価の上司面談があるたびに思うことがある。
会社の人事評価制度が、いまだに「すべての社員が出世して管理職になりたがっている」ことを前提に組み立てられていることだ。
ときどき、面接相手の上司に、率直にたずねてみたくなる。
「毎日夜遅くまで仕事をさせられて、残業代もつかない、そんなあなたの様子を見て、部下たちがあなたのような管理職になりたいと思っているなどと思いますか?」
バブル崩壊以降、どの会社も社員数を抑えることで人件費の抑制につとめてきた。
その結果、「名ばかり管理職」による残業代の支払いを求める相次ぐ訴訟でもわかるように、いちばん損をしているのが管理職たちだ。
そんな管理職に、本気でなりたいと思いながら働いているサラリーマンは、もはや少数派ではないだろうか。
とくに僕ら1970年代生まれよりも若い世代は、ほとんどが、会社組織での出世よりも、自分の私生活が精神的に充実していることを望んでいるはずだ。
私生活を犠牲にしてまで、会社に「滅私奉公」したいと考えている若い世代は、どんどん少なくなっているはずだ。
会社を辞めさせられない程度に、適度に一生懸命仕事をしつつ、仕事と私生活のバランス、いわゆるワーク・ライフ・バランスを最も重視する若い社員は、これからも増えるだろう。
「将来、管理職として活躍できるだけのマネジメント能力やコミュニケーション能力を」などという人事評価コメントを読むにつけ、一般企業の人事部の感覚が、いかに時代錯誤であるかを痛感する。
高学歴だからって管理職になりたがっているとは限らないのだ。その紋切り型の古臭い考え方は、どうにかならないかな、と思ったりする。
まあでも仕方ないか。そもそもサラリーマンというのは、極めて保守的な人種だから。