書きたいことはあるけれども

書きたいことはあるけれど、これこれこういう内容は書いてはいけないという人もいるし、ネットに公開されているブログじゃ書けないこともあるし。また大学ノートを買ってきて、手書きの日記を始めるか?
家族や肉親に対しても、一定の礼儀や気兼ねは必要だ。ただ、気兼ねなく話せる相手が自分自身だけというのも悲しい話だ。
孤独な女は、まだ、絵になるけれども、孤独な中年男は、ただ醜いだけだ。
YouTubeにたくさんカバー曲をアップしているおかげで、毎日のように日本語や、中国語や、英語のコメントが届く。当然、中には罵倒もある。
僕の中島美嘉のカバーを、たくさん「お気に入り」に登録してくれた人が、どうやらゲイらしいことが分かったこともあったが、それほど悪い気はしない(僕自身は異性愛者で女性しか愛せないが)。
そんな脆い世界とのつながりだけを頼りに、毎日を生きていかなければいけないというのは、一見寂しいようだけれど、でも、この40近い年齢にして、いまだに自分だけの世界を、自分自身にしか打ち明けられないような世界を、胸の中に抱きつづけることができているのは、よく考えれば幸せなことではないかとも思う。
頭と胸の中がすっからかんで、ストレス解消といえば、お酒を飲んで大騒ぎするくらいしかできない人たちよりは、ずっと幸せなのかもしれない。