「音楽は国境と文化的性差を超える」および柴田淳について

昨夜「ありのままの自分を受け入れられるのは自分だけ」という題名の記事をアップしたが、今朝自分で削除した。きっと削除要請が来ると思ったからだ。
ところが昨夜のうちにこの記事を読んだ中国人のネット友達から、さっそくメールをいただいた。
中島美嘉の全曲カバーについて、男性として女性の曲を上手に歌える上に、フィッシュ・リョン(梁静茹)『可惜不是你』のオリジナルの日本語歌詞はすばらしいと、評価していただくメールだった。励まされる内容で、とてもありがたかった。
たしかに、YouTubeにアップした僕自身が歌っているカバー曲の中では、この日本語版『可惜不是你』がいちばんコメント数が多く、中華圏の方からの評価が多い。
音楽には、国境もジェンダー(文化的性別)もないといったところか。
最近、柴田淳の曲をCDに焼いて、聴きながら眠っているのだが、倍音成分の多い独特の声で、中島美嘉のハスキーボイスを聴き慣れた耳には、やや違和感がある。
柴田淳は中島美嘉の最新アルバムに『声』という名曲を提供しているシンガーソングライターで、オリジナル曲の歌詞も当然、すべて自分で書いている。
その歌詞が、聴いているこちらが恥ずかしくなるほど女性的で、大人っぽく冷めているんだか、子供っぽく夢見ているんだか分からないところが、また独特だ。
2007/09/21発売のシングルで、2008/06/18発売のアルバム『親愛なる君へ』に収録されている『カラフル』という曲の、「夢でしか会えないから/枕元に座るくまさんがあなただった/今まで・・・」という部分は、特に、こっ恥ずかしい。
メロディーは、短調の曲では特に、透明感のある歌声とは裏腹に、中島みゆき的な情念(初期の谷山浩子的な情念と言ったほうがいいだろうか)が感じられ、やや重い感じもする。
そのせいか夢の中に、柴田淳がマネージャらしき人と打合せする場面が出てきてしまった。
歌詞の内容からして、さすがにカラオケで歌うわけにはいかないが、柴田淳はしばらく聴きこんでみたい。

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