大学時代の友人の書いた本を読み始めた

大学時代、同じ学科だった人が昨年春に勁草書房から単行本を出していたことを、今ごろGoogleで彼の名前を検索して気づき、さっそくAmazon.co.jpで購入して読み始めている。
自閉症の世界認知の観点から現象学を拡張しようという、野心的な試み。彼が精神医学の方面に研究の幅を広げていたとは、まったく知らなかったので、驚くとともに非常に興味を持ち、「これは読まなきゃ」と思った。
まとまった感想は読了してから書きたいのだが、内容が軽くて読みやすい新書と違い、本格的な論文なので、一体いつ読み終わるやら...。
いちおう読むからには、方法としての現象学がつねにすでにそれによって汚染されている「主観性 subjectivity」(それが間主観性であれ)が、自閉症の分析のなかでどこまで相対化されているかを、一つの着目点として読んでみたい。
自閉症は器質因だが、症状の「現われ」は飽くまで、その観察者を含む社会環境との相互作用が産む可能性のある、無数の結果の一つにすぎない。
その「現われ」の解釈も、自閉症と環境の相互作用の産出する結果の一つの、可能な記述の一つにすぎない。
観察者もその相互作用というシステムの内部にいる以上、それら可能な記述のうちの一つを特権化することはできず、せいぜい自閉症と環境の相互作用のバリエーションの一例として記述することしかできないはずだ。
これが、上述の本を読むに当たっての僕のシステム論的な立場である。
...なんて一介のサラリーマンが本職の研究者の著書をとりあげて、偉そうなことを書いている場合か。