最近ほとんど中島美嘉しか聴いていない

しばらく中華圏ポップスにハマっていた反動で、最近はJ-POPしか聴いていない。というより、ほぼ中島美嘉しか聴いていない。
たしか以前この「愛と苦悩の日記」で、中島美嘉の活動を追うドキュメンタリー番組の中で、ライブで観客に「マイ箸」を勧めている彼女にツッコミを入れたことがある。

中島美嘉は今年25歳だが、alanもしかり、アイドル系ではない20代の女性歌手が何らかのメッセージ性を出そうとしたとき、環境問題が最も無難なので、仕方ないといえば仕方ない。
実際には、よくエコやロハスのメッセージとともに、企業広告に登場する坂本龍一を含め、本当にロハスな生活を送ろうと思えば、一定の生活水準が必要だ。ホームレスに転落した非正規雇用者や、アフリカで日々発生している大量の餓死者にとっては、エコもロハスもない。
これは構造的な問題で、中島美嘉個人に何の責任もないので、中島美嘉がエコのために「マイ箸」や「マイタンブラー」持参をファンに呼びかけることは、それほど社会的に害のあることではない。
それより、ポップス歌手はポップス歌手として評価されるべきだ。
ポップス歌手にとってはルックスも重要。
デビュー当時の下ぶくれの彼女の顔の愛らしさ、特に『Crescent Moon』のPVなどは笑ってしまうくらい可愛いが、『One Survive』のPVのクールさや、『ひとり』のPVのエキセントリックな美まで(リストカットを連想させる背中の大きな裂き傷の演出が似合ってしまうところがすごい)、美術素材として、アレンジの幅が広い彼女の顔の端正さは極めて興味深い。
個人的には『Resistance』のPVの最後、破壊された水槽から出てきた真っ赤なドレス姿や、『見えない星』での彼女は、何度見てもうっとりしてしまう。
歌唱法も、デビュー当時と最近ではかなり違っている。ハスキーボイスの部類に入るのだろうが、語りかけるような低音は鳥肌が立つし、高音のビブラートは野生的でさえある。
ライブで聴くと高音は意外と苦しそうなので、見るからに華奢だし、マヨラーはやめて、少し体を鍛えないと、30代になってから声が出なくなるのではと、余計な心配をしてしまう。
中島美嘉にはずっと歌い続けてほしいのだ。岩崎宏美のように。
また、楽曲のバラエティーも彼女の魅力の一つ。『雪の華』のようなバラードが真骨頂であることに違いない。
しかし、『Legend』のような、アンビエント系の細かいビートとバラードの王道のようなメロディーがないまぜになった不思議な世界は、彼女にしか創れないだろう。
彼女は今年発売した『LIFE』を、珍しくストレートなJ-POPを歌ったととらえているようだが、こういうJ-POPを狭義のJ-POPとすれば、
広義のJ-POPの本質はその雑食性にある。
その意味では、中島美嘉の『CRY NO MORE』のような、あえて中途半端なゴスペル「風」、『Love Addict』のようなクラブJazz系、『I Don’t Know』のようなガールパンク系など、作風の幅広さは、まさに広義のJ-POPの雑食性そのもの。
PVやドラマで見せるビジュアルな素材としての幅広さも合わせて、ジャンルを横断した彼女のポップス歌手としての個性は、今のJ-POP業界で誰も真似できない位置にあるのではないか。
※ちなみに中島美嘉のPVをまとめて観たい方は、最寄のビッグエコーへ行ってPremier DAMのある部屋に入り、本人映像の彼女の曲をリクエストしまくればよい。