中島美嘉『ORION』はCメロ無しで少し物足りない

以前にも書いたが、僕は街の隠れた名店よりチェーン店が好きだし、ブランドショップよりユニクロが好きだ。理由はその匿名性にある。
街の隠れた名店に入るには、それを主体的に選択した自分が、たとえフィクションであれ必要だが、マクドナルドに入ることに自分である理由はいらない。

ユニクロの服を買うのに自分である理由はいらない。ユニクロの服なんて誰でも着ている。そこに自分らしさという、わざとらしい意味づけは不要だ。
そもそも大量消費財の購入に自分らしさなど必要ない。そこにあたかも「自分らしさ」があるかのように意味づけするのは単なるフィクションに過ぎない。フィクションと分かって楽しむことに意味がある。
ポップスについても同じことが言える。
最近のJ-POPのバラードは似たようなコード進行の王道を乱用し、映画・ドラマ・CMのタイアップだけで売っていると非難する人がいる。
でも、そもそも流行音楽はユニクロの服と同じような、誰もが消費できる「規格品」の側面を持っているし、持たなければ、一定の人気を獲得できない。
ところで中島美嘉のヒット中の新曲『ORION』。彼女の王道バラードにしては珍しくCメロ(Aメロ、Bメロ、サビ以外のメロディー)がない。
今年春の『SAKURA~花霞~』には「晴れ渡る旅の空に」で始まるCメロがある。『STARS』には「窓の外には夜があるよ」で始まるCメロがある。
『WILL』には「過ぎてく過去はすべて」で、『FIND THE WAY』には「答えを出すこと」で、『ひとり』には「勝手なことだと百も承知の上だよ」で、『CRY NO MORE』には「この寂しさにいつか終わりはあるの」で、『雪の華』には「もし君を失ったとしたなら」で、始まるCメロがある。
そういえば『桜色舞うころ』にもCメロがないが、間奏のフェイクがCメロっぽいといえばCメロっぽい。
なので『ORION』はちょっと物足りない。ポケットの少ないユニクロのジャケットみたいな感じ。そういうことを書きたかっただけ。