貧困ビジネスは「必要悪」ではない

以前この「愛と苦悩の日記」で、貧困ビジネスは「必要悪」だと認めたような記憶がある。もしそうなら訂正する。
貧困層を対象とする、敷金ゼロ・礼金ゼロ物件の「施設付鍵利用契約」など、いわゆる貧困ビジネスが「必要悪」として正当化されるのは、当事者が別の選択肢を持っており、どちらを選ぶか決定する自由を持っている場合だけだ。
それ以外に選択肢がなく、当事者がその選択肢をとるしかない、という立場に置かれている場合、貧困ビジネスを「必要悪」として正当化することはできない。
そして貧困層を、貧困ビジネスを選ぶしかない状況に追いやるのは、明らかに政治の失敗である。ただし、政治の失敗だからといって、まず貧困ビジネスを規制するのは順番が違う。
例えば日雇い派遣も一種の貧困ビジネスだが、日雇い派遣を規制する前に、セーフティーネットを整備すべきだ。セーフティーネットを整備せずに貧困ビジネスを規制すると、貧困層は唯一の選択肢さえ奪われる。
言い換えれば、リバタリアニズム(libertarianism)が正当化されるのは、文字どおり、当事者に選択の自由(liberty)がある場合だけ、ということだ。