雑学系クイズ番組の弊害

最近「ヘキサゴン」「Qさま」「クイズ雑学王」など、クイズ番組が流行っていて、漫才コンビ・ロザンの宇治原、麻木久仁子、伊集院光など、知性派タレントと、その対極として、羞恥心を始めとする「おバカタレント」というジャンルも確立されたように見える。
クイズ番組は昔からあるが、今流行のクイズ番組はおそらく、学習塾が爛熟期を迎え、受験勉強が完全にゲーム化した時代に受験を経験した世代、たぶん僕を含めて僕より下の世代が主な視聴者なのではないかと思われる。
問題の特徴は、一つの質問に対して、正解が一つに決まるのは当然の前提であり、その質問もマニアックなものではなく、大部分の人が背景を共有できるもので、かつ、正解を聞いたときに「なるほど役に立つ知識だ」と一定の満足感を得られる、というものだ。
この種の問題は、世の中にはまだ知らないことがたくさんあるという「無知の知」の認識を広める点で利点はあるが、一つの質問には必ず一つの正解が対応するという、受験勉強的な認識を広める点で、視聴者を思考停止に陥らせる欠点の方が大きい。
さらに、雑学的な知識は政治色がなく無害なだけに、社会の本質的な問題からうまく視聴者の目をそらせつつ、知的な自足感を与えてしまい、それ以上、社会の問題について深く考えるチャンスを奪う点で、かなり有害とさえ言える。
いわゆる「脳トレ」系のゲームも同じだ。消費者に一定の知的満足を与えてしまうことで、それ以上、深く考えようという動機付けを奪ってしまう。
それ以上、深く考えたいという動機づけは、この世界に対して超越的な視点が必要なのだが、雑学系クイズ番組で得られる満足は、超越的な視点をうまく排除することで成り立っている。
そもそもテレビ、ゲーム、インターネットなどの「メディア」に超越的なものを扱う能力がないと言ってしまえばそれでおしまいなのだが。

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