労災自殺増は「モンスターカスタマー」のせい

厚労省によれば2007年度過労自殺は過去最多81人で、精神疾患の労災認定者の労働時間を調べたところ、月平均残業40時間未満も15%くらいいるらしい。先日の内閣府の「自殺対策に関する意識調査」では、30代の27.8%、20代の24.6%が、自殺を考えたことがあるという。(僕もその一人なわけだが)
過労自殺は最多81人=「労働時間短くても危険」
「自殺願望」、若い世代や不安定雇用層に顕著
サラリーマンに限って言えば、原因の一つは「モンスターカスタマー」ではないか。「顧客第一主義」と、そこから来る「品質第一主義」の行き過ぎで、企業担当者どうしで一種の「顧客による供給者いじめ」「ユーザによるベンダーいじめ」が常態化しているのではないか。
僕は日ごろ社内SEとして働いているが、同僚の働きぶりを見ていて、「何もそこまで業者に辛く当たらなくても」と思うことがよくある。もちろんその裏には、買う側として「良いものをできるだけ安く買う」必要性があるのは分かる。
しかし買い手と売り手の関係も基本は相互信頼だ。買う側が売る側をいじめ抜いたところで、それが長期的な高品質の提供に結びつくはずがない。よく言う「WIN-WIN」の関係を長期的に維持するには、買う側は高圧的に出るだけではなく、共同で良い物を作り上げていく姿勢が必要なはず。
購買部門の担当者には、仕入れ業者を「ゴミ」のように扱う社員が少なくないが、それが長期的な高品質の安定供給に結びつくとはとうてい考えられない。
そういう「モンスターカスタマー」の存在は、企業社会を構成する一人ひとりのサラリーマンを疲弊させるだけで、日本の経済に長期的に何一つ良いものを生み出さない。責任ある地位につきたくない社員を増やすだけだ。
それはちょうど、「モンスターペアレント」が日本の教育制度改善に、何も役立たないのと同じだ。
もちろん、言いたい放題の買い手である「モンスターカスタマー」を、あえて許容するような社会システムの設計もありうる。ただしそれには前提条件がある。それは、買い手と売り手の両方で、労働市場の流動性が高いことだ。つまり、転職が比較的容易なことが前提条件となる。
日本のように仕事のノウハウが属人的で、明文化されておらず、結果として一つの会社に長く勤めなければ一定の成果を上げられない企業文化が一般的だと、結果として労働力の流動性は低下する。そう簡単に転職を繰り返せない。
そんな日本の企業文化に、米国流のリバタリアニズム的な発想で、「買う側は言いたい放題」というやり方だけが輸入されれば、日本のサラリーマン全体が疲弊するのは当然だ。
企業社会を昔のような相互扶助的コミュニティーの方向に戻すのか、実もふたもない競争社会にする代わりに、仕事の属人性をなくして労働力の流動性を高めるのか、どちらかをはっきり選択すべきだ。
日本企業の経営者は今のところ、この2つの道のそれぞれから、悪い部分だけを取り出して実践している。日本の経営者の長期的な「テツガク」のなさがよくわかる。