S.H.E.のミュージックビデオを敢えて政治的に観る


ふとしたことから、台湾の人気女性3人組S.H.E.の『我爱你』という曲のミュージックビデオ(MV)を見た。S.H.E.のことは知っていたが、12分以上にわたる長編MVがあるとは知らなかった。

コメントが212個もついているし、S.H.E.の人気もあり、かなり評価の高いMVのようだ。後半、S.H.E.の3人が泣きながら登場人物の心情を解説する場面だけは完全に無駄だと思うが、1949年に別れ、1989年に再開を果たす男女の物語部分だけを切り出せば、演出の点で文句のつけようがなく、MVというより短編映画の完成度があると思う。
しかし、あえて疑問を呈したい。もしテレサ・テン(鄧麗君)が生きていて、このMVを観たらどう思うだろうか、ということだ。
上記のビデオの物語を簡単にご紹介する。1949年に上海で別れた若い男女がいて、女性の方が40年後、すでに台湾で結婚し3人の子を設け、孫までいる。つまりこの女性はいわゆる外省人ということになる。
この女性の息子が、40年前母親が上海で別れたその男性が、まだ上海で生きていることを探し当てる。そして既に年老いた彼女は上海で40年ぶりの再開を果たす。
その後、彼女はいったん台湾に戻るが、現在の家族をすべて捨て、上海で40年前の男性とともに暮らすことを決意する。そして二人は上海で幸福な生活を再開する。
こういう物語なのだが、外省人の女性が40年の時を経て、台湾の家族を捨てて大陸へ戻るという物語を、政治的文脈を無視して、単なる「永遠の愛」の物語に回収してしまえるほど、中国と台湾の関係は単純ではないはずだ。
だからこそ外省人の両親の下に生まれたテレサ・テン(鄧麗君)は苦悩しつつも、天安門事件について公然と中国共産党政府を批判せざるを得なかった。
もしテレサが生きていて、このMVを観たとしても、決して単純に「台湾と大陸の融和が進んで素晴らしい」と喜ぶことはできないと思う。むしろ大衆音楽が、単純化された政治的宣伝の道具になってしまっている事実に、愕然とするのではないか。
...というのは、単なる僕の考えすぎだろうか。台湾の人たちはこのMVを観て、単純に「大陸と台湾は永遠の愛で結ばれている!」と涙できるのだろうか。