最近サラリーマン社会批判を書かない理由

昔からの読者の方は、最近サラリーマン社会を客観的に批判する文章を全く書いていないことに不満をお感じかもしれない。しかしそれには理由がある。
也许我网站的老朋友们感到不满意。因为我最近一点都不写对公司职员世界的批判文章。可是有个理由。
過去にその種の記事を書いていることが同僚に見つかり、現実のサラリーマン生活に良くも悪くも影響を与えることがあった。僕はそのことを楽しんでもいたわけだが、そのようなやり方はあまりに稚拙だと考えるようになったのだ。
以前有时候我的同事们看到我的文章,结果在公司的现实生活受些我自己文章的影响。有的影响不错,有的不太好。其实我享受这种情况。不过我开始认为这个办法是太幼稚的。
最近のこのブログの記事を読めば、僕が単なる音楽好き、中国好きで、多少IT関係のことを気にかけているサラリーマンに見えるはずだ。しかし実際にはそうではない。
我最近的博客让你们觉得我只是个爱好音乐的人,一个喜欢中国的人或者一个关心IT方面的事情的职员。但我实在不是的。
じゃあそうではなくてどうなのか。最近は、そのネタばらしをしない方が遥かに面白いということに気づいてきているのだ。だからそのことについては一切書かない。一切書かないということによって、書かれていない何かを指し示すことは少なくともできるので、それで昔からの読者には納得して頂きたい。
那我是什么?最近我觉得不管写好答案有意思得太多。所以我绝对不写我实在是什么,绝对不写我实在考虑什么。我写了我觉得我绝对不写,结果我能指示实在有些没写的东西。请老读者们明白我的意思。