中国人女性歌手Jade Yinデビューアルバム『七彩音色』原唱調査

注文していた中国人女性歌手Jade Yin(ジェイド・イン)さんのインディーズ・デビューアルバム『七彩音色~なないろねいろ~Prologue』が手元に届いた。全15曲、しっとり落ち着いた歌声で、究極の癒し系といえる。念のため各曲のオリジナル歌唱を調べておく。
なお同アルバムはiTunesでも一部配信されている→Jade Yin - 七彩音色~なないろねいろ~Prologue
01.雪の華 原唱:中島美嘉
2003年の中島美嘉の名曲だが、Jade Yinの歌唱は、徳永英明のカバーなど完全に色褪せてしまう、心にすうっと透きとおる優しい仕上がり。Jade Yinさんの日本語も、彼女が中国人であることを忘れるほど完璧だ。
ハープとストリングスのピッチカート、ピアノだけの、ドラムスやパーカッションの一切ない、シンプルで、まるでしんしんと降る雪の音が聞こえてきそうな、静かな、静かなアレンジになっている。おそらくこれほど美しい「雪の華」のカバーは、今までなかったのではないだろうか。
02.矜持 原唱:王菲(フェイ・ウォン) 
1994年、Cinepoly時代の王菲(フェイ・ウォン)の北京語アルバム『天空』収録のバラード。こちらも原曲よりシンプルで静かでゆったりしたアレンジ。「雪の華」の日本語歌唱と比べると、Jade Yinさんの中国語歌唱は倍音の響きが豊かだ。
あらためてJade Yinさんのフェイ・ウォンのカバーは完璧だと感じさせられる素晴らしい録音。同アルバムのタイトル曲「天空」でも多用されているが、フレーズの最後で音程がくるっと上がる「返し」の入った歌唱法も忠実に表現されている。
03.Craigie Hill 原唱:Cara Dillon(カーラ・ディロン)
原唱はアイルランドのフォーク歌手、カーラ・ディロン Cara Dillon の2001年のインディーズ・アルバム『カラ・ディロン Cara Dillon』収録のアイルランド民謡。詳細はこちらのCara Dillon fan pageの方が読みやすい。
日本語、北京語に続いて3曲目は英語曲だが、Jade Yinさんはアイルランド民謡独特の「節まわし」も完璧に歌いこなしている。彼女自身によるコーラスも全編に入っており、中国人歌手による録音だとはちょっと思えない落ち着いたスマートな仕上がりに驚かされる。
それにしてもアルバムの冒頭から、日本語、北京語、アイルランドのバラードをさらりと歌いこなしてしまう力量にはただただ驚かされるばかりだ。
04.ひとつぶの涙 原唱:Kiroro
1970年代のフォークデュオ、シモンズにも同名の曲があるが、こちらはKiroroの2002年のアルバム『Four Leaves Clover』収録の美しいバラード。オリジナルよりも遅めのテンポだが、Kiroroの素直な歌唱に比較的忠実な、さわやかで、しかもJade Yinさんの歌声にふさわしいたおやかで、歌詞の切なさがいっそうつのる仕上がりになっている。
Kiroroの歌唱には芯の力強さが感じられて、それが彼女たちの個性になっているが、Jade Yinさんの歌唱は、歌詞に表現されている悲しみまでをもつつみこむように、あくまで優しい。
05.明日 原唱:平原綾香
2004年の平原綾香のシングル『明日』。倉本聰のテレビドラマ『優しい時間』の主題歌としてヒットした。こちらは逆に、原曲の4拍子ではなく、後半ドラムス入りのロッカバラード風の6拍子のリズムで、オリジナルよりも明るいニュアンスのアレンジになっている。
ただ、王菲(フェイ・ウォン)やCara Dillonを歌うときとは明らかに歌唱法を変えている。原唱にそってフェイクやビブラートを抑え、まっすぐ通るような歌声だ。このように様々な歌唱法を使い分けられる点が、Jade Yinさんの歌唱力の非凡さである。
この「明日」という曲は、原唱でも平原綾香のブレスがはっきり録音されている点が一つの大きな魅力になっているが、Jade Yinさんの歌唱でもやはり彼女の息づかいが、耳もとにじかに伝わってくる。2008/03/12まで、Yahoo!動画で平原綾香の歌唱による「明日」が無料で聴けるので、Jade Yinさんと聴き比べてみるのもおもしろい。
06.どんなときも 原唱:槇原敬之
言わずと知れた1991年の槇原敬之の大ヒット。彼女自身によるコーラスワークも美しい。アップテンポなポップスは、高音の目立つ切れのある声質の方がスピード感は出る。この「どんなときも」についても北京語の歌詞をつけて、Jade Yinさんに「王菲のクランベリーズのカバー風に」とでも注文を出せば、彼女は難なくスピード感のあるポップスに仕上げたに違いない。
だがここではあえて、やわらかい歌声で優しく聴くものを後押しするように歌っている。たぶん、「木綿のハンカチーフ」の太田裕美が「どんなときも」をカバーしたら、こんな風になるだろうという感じで、不思議なほど耳心地がいい。高校野球の入場行進曲というよりは、小学校の運動会の入場行進曲にしたい感じの仕上がりだ。
07.可惜不是你 原唱:梁静茹
いま台湾でトップクラスの人気女性歌手、フィッシュ・リョン(梁静茹)の日本2006年発売のアルバム『シルクロード・オブ・ラブ』収録の非常に美しいバラード(邦題は「あなたじゃないのね」)。フィッシュ・リョンのこれまでのバラードの中でも最も人気のある曲。
フィッシュ・リョンはマレーシア出身なので、同じ標準語で歌っていても、北京出身の王菲と違って南方の発音になる。たとえばピンインの「zh」は「ヂュ」と濁り、「不(bu)」もはっきり「ブ」と聞こえる。
Jade Yinさんは浙江省舟山市の在住でやはり南方だが、中国語の発音は美しい北京語になっている。彼女の声質もあるだろうが、濁音が目立たない「可惜不是你」は、より切なくつややかなバラードに仕上がっている。
しかも原曲にはないアレンジとして、二回目のBメロとサビの部分に、彼女自身によるコーラスが美しく響き、かえって原唱よりも贅沢な録音になっている。フィッシュ・リョン(梁静茹)のファンの皆さんはぜひ聴き比べてほしい。
08.未来へ 原唱:Kiroro
1998年のKiroroの大ヒット。中国大陸でも非常に人気のある曲らしい。原曲よりキーが低く、アンプラグド風のシンプルなアレンジが、Jade Yinさんの優しい歌声を際立たせている。Kiroroの原唱は大空に向かって歌い上げる感じだとすれば、Jade Yinさんのこのアレンジは、小さなジャズクラブでストールに半分腰掛けながらといった、落ち着いた録音になっている。
09.Sometimes Love Just Ain’t Enough 原唱:Patti Smyth & Don Henley
オリジナルは1992年のPatti SmythとDon Henleyのデュエットで、美しく枯れたロックボーカルの競演が非常に美しいことは言うまでもない。アレンジもスネアドラムがバシッと響く劇的なクライマックス。

中華圏ではステファニー・スン(孫燕姿)が2002年のアルバム『Start 自選集』でカバーしたために知られているようだ。シンガポール出身のステファニー・スンは、キャリアや年齢ではフィッシュ・リョンとほぼ同じ。Jade Yinさんの歌唱もステファニー・スン版と聴き比べると、こちらがベースになっていることがよく分かる。
ステファニー・スンがアンプラグド風のアレンジをした時点で、原曲とは全く違った落ち着いたジャジーな雰囲気になっている。Jade Yinさんの歌唱はコーラスが多めで素晴らしい小品になっている。
10.旅立ちの日に
意外な選曲に驚いた。1970年代生まれの僕らの世代には分からないのだが、この曲は1991年、埼玉県秩父市の中学校教員が作曲したいわゆる「卒業ソング」。最近の小中高校生なら知らない子供はいないらしい。2007年にSMAPがテレビCMで歌って有名になった。詳細は日本語版ウィキペディアの「旅立ちの日に」を参照。
Jade Yinさんのバージョンは、本人によるコーラスを多用し、後半に向かって劇的に盛り上がるアレンジになっている。
11.はらり、ひらり 原唱:sona
sona(ユンソナ)の2006年のシングル。アニメ映画「遙かなる時空の中で」のエンディングテーマらしい。これも個人的には意外な選曲だったが、ユンソナの曲ということもあってか、原曲そのものがオリエンタルな仕上がりなので、Jade Yinさんが歌っても違和感はない。
Jade Yinさんの歌唱はテンポもアレンジも原曲に忠実で、ユンソナの原唱の落ち着いた優しい風合いを難なく再現している。この器用さに驚かされる。
12.如果你是假的 原唱:王菲(フェイ・ウォン)
2000年の王菲のアルバム『寓言』収録、歌詞に坂本龍一が登場することで有名で(?)、多少エキセントリックなアレンジのポップスが、Jade Yinさんのアルバムではボサノバ(というよりサンバ?)になっている。歌唱法も原唱より素直で、さらっとした仕上がりだが、コーラスワークはしっかりしていて、手堅い小品だ。どんな曲調でもそつなくこなすJade Yinさんの実力が現れている。
13.Hear Me Cry 原唱:CAGNET
不勉強で全く知らなかったのだが、CAGNETとは作曲家・日向大介がリーダーの音楽ユニットで、テレビドラマ『ロングバケーション』『ラブジェネレーション』のオリジナル・サウンドトラックを手がけているらしい。
「Hear Me Cry」はその1997年『ラブ・ジェネレーション』のサウンドトラック収録曲。僕はドラマを見ていないので分からないが、松たか子の登場する場面でよく使われていた曲らしい。
オリジナルのボーカルが誰なのか、ネットでは調べがつかなかった。幸いYouTubeで原唱を聴くことができたので比較してみたが、つぶやくような淡々とした原曲の雰囲気がそのまま大切に再現されているので、ほとんど区別できないほど。
ただ、原唱と比べると、フレーズの最後、ピアノ伴奏の音と音の隙間にすーっと消えていく母音の減衰音のかすかなビブラートが、原曲にさらに繊細な表情をあたえている。ピアノのみの伴奏に、静かにJade Yinの抑えた歌声が流れ、ゆっくりと眠りに引きこまれそうな穏やかな曲。
14.我真的受傷了 原唱:王菀之
2005年デビューの王菀之が作詞・作曲し、張学友(ジャッキー・チュン)に提供した静かなバラード。YouTubeではこの二人によるこの曲の競演も見られる。張学友の歌うミュージックビデオには、F4の言承旭(ジェリー・イェン)と莫文蔚(カレン・モク)が登場するので、台湾テレビドラマの主題曲かと思ったが、そうでもないらしい。
王菀之の原唱は舌足らずな可愛い系のボーカルで、訥々と静かに歌う雰囲気が印象的だが、Jade Yinさんのカバーは細かいフェイクが効果的で、ぐっとJAZZYな仕上がりになっている。美しいピアノのアルベジオから始まる落ち着いたアレンジの完成度は、王菀之の原曲や張学友のバージョンより素晴らしい。これも原曲と聴き比べるととてもおもしろい。

15.牽手 原唱:蘇芮
原唱がぐっとベテランになり、1952年生まれの台湾の女性歌手・蘇芮(スー・ルイ)の曲。どうやら1980年代にはロック色の強い曲で一世を風靡したらしい。彼女の『牽手』というアルバムのタイトル曲。伝統的なヨナ抜き音階が目立ち、中国的な香りのする美しい旋律のバラード。
Jade Yinさんのカバーはアンプラグド風で、より耳心地がよい。ゆるやかなビブラートで伸びていく声は大陸的な広がりを感じさせる。中華圏のポップスにはまだこういう名曲がたくさんあるんだ、と感じさせられる名曲。